2-4 六男の帰還
ホワイトホース子爵家は、毒にも薬にもならない貴族である。
裕福ではないが、貧乏でもない。七人の子宝に恵まれた子沢山一家ではあるが、領地は目立った特産品もなく富んでも貧でもない。のんびり経営の今が一番幸せだよねとそれを維持するのをがんばるごく普通の子爵家である。
七人も子供がいれば跡継ぎ問題が問題視されるかと思いきや、子爵はすんなり長男のエイドリアンが継いだ。次男のアントンは王都で官僚として働き、三男ブライアンは騎士団長に就任し男爵位を賜った。四男バイロンは他国へ留学し言語の習得に腐心。五子であり長女であるライラは結婚し、伯爵夫人として王都で生活している。
そして六男のクリスティアンは、絵の勉強がしたいと家を飛び出し領地を飛び出し旅人になって消息不明だったのだが――――……。
「ただいまアントン兄さん。初めましてお義姉さん。六番目のホワイトホース、クリスティアンです。こっちはクリスのお嫁のカーラ」
「はじめましてぇ~カーラでぇすっ」
クリスティアン十九歳。
全然予想していなかったタイプのお嫁を連れて、ホワイトホース家のタウンハウスへ帰還していた。
どうしてこうなった。
広場で遭遇してすぐ、リリスは大騒ぎしながらクリスティアンを引っ張ってタウンハウスへと引き返した。初デートのオニキスには申し訳なかったが、放置できないのはわかってもらえた。まずは家族で話し合うといい、と気を遣って帰って行った。
「次は俺ともお話だ」
「なんでぇ!」
よくわからないが思うところがあったらしいので、次回会うのがとても怖い。
「…まずはお帰り、クリスティアン。絵はがきが届いていたから無事だとは思っていたけど、元気そうで何よりだ」
「うん。兄さんも元気そうでよかった。結婚しているとは思わなかったからびっくりした」
「私もだよ」
(ほんとだよ!)
現在このタウンハウスには二組の夫婦が向かい合って座っている。
つい先程発覚した六男夫婦と、つい先日結婚した次男夫婦である。ちなみにリリスはアントン側に座っている。
そう、つい先日行われた嫁取り合戦に参加した次男のアントンは、優勝者より早く嫁を手に入れていた。
嫁の名前はニコル・ナンバリング。結婚してニコル・ホワイトホース。
財務省に勤めるアントンの同僚であり、共にホワイトホース家のタウンハウスを管理する妻である。
彼女は彼女で突然やって来た消息不明だった六男夫婦に驚き、眼鏡の奥にある鳶色の目を丸くしていた。
驚いている次男夫婦などお構いなしに、自由人クリスティアンは無表情に身体を揺らした。無表情だけど、とっても楽しそうだ。
「兄さんたち、結婚式はまだだよね。いつするの?」
「私たちは入籍だけで式はしない。少し目立ってしまったから式をするとなると人数が計算できなくて…お互い正装して写真だけ撮った」
「そんな。勿体ないよアントン兄さん。アントン兄さんが眼鏡を外してきっちり正装すれば教会のステンドグラスは神が御子を祝福するが如く光り輝き誓約の言葉も祝詞として刻まれ歴史に残る一時となるに違いないのに」
「相変わらずお前はよくわからないことを言うね。お前こそ正装をすれば
「クリスも兄さんの言っていることわからないや」
「何故だろう…?」
「…私からすれ似たもの兄妹ですが」
「おもろ~」
(ほんとだよ!)
どちらも神に愛された美貌を持っているのに、何故か無頓着なのだ。
普段は寝癖か天然かわからない程ボサボサした銀髪に分厚い眼鏡の野暮ったい格好をしているアントンは、神に愛されたとしか思えない美貌を隠している。繊細なガラス細工より脆さを覚える美貌。触れたら天に還ってしまうのではないかと恐ろしくなるほど細やかな美しさは、分厚い眼鏡の下に封印されている。
同じくふわふわした銀髪をあそばせるだけで眠たそうな目をしたクリスティアンも、薄汚れた格好をやめて身嗜みを整えれば絵画から飛び出した紅顔の美少年となる。ぼさっとしている格好ではわかりにくいが、彼も彼でとても整った顔をしているのだ。
(二人とも綺麗な顔をしているのに頓着しないから、普段とっても野暮ったいのよね。ブライアンほど自覚して煌めけとは思わないしバイロンみたいに利用しろとは思わないけど、ちゃんと自覚したほうがいいと思うのよね)
なんて思っているリリスだが、他の兄妹からすれば自らを平凡だと思っているリリスも充分無自覚な無頓着娘である。
つまり似たもの兄妹。間違いない。
「アントン兄さんの結婚式はともかく、クリスは旅先で結婚したなら式はどうしたの? 誓いだけしたの?」
「ちゃんと教会で誓って書類も提出して初夜もすませたよ」
「しょばっ」
「やだぁリスちゃんってば! 流石にはずいってぇ!」
無表情でとんでもない発言をしたクリスティアンにリリスが座ったまま飛び上がる。クリスティアンの隣に居たカーラが頬を染めながら彼の背中をしばいた。ばっしぃんとなかなかの打撃音が響いたが、クリスティアンは微かに揺れただけだった。
「ごめんねリスリス! リスちゃんってばデリカシー欠如気味なのぉ」
「う、うん。知ってる…」
クリスティアンの赤裸々すぎる語りは何時ものことだ。久しぶりで驚いたが、クリスティアンをしばいたカーラにも驚いた。
神秘的美女から繰り出される張り手。とても威力がありそう。
目を白黒させるリリスの隣で、眼鏡の位置を調整したアントンがカーラに話しかけた。
「カーラさん。少し質問をいいだろうか」
「もち! リスちゃんの家族ならカーラの家族だからなんでも聞いてぇ」
「では、十八歳で間違いないだろうか」
「え。なんでわかったのぉ?」
「挨拶のときに握手をした手から計算して、」
「口調が若々しかったのでクリスティアン様より年下だろうと当たりを付けただけです。特別なことではありませんよ」
「ほわぁ…?」
何か言いかけていたアントンを押しのけてニコルが前に出た。にこやかな笑顔でさりげなく身を乗り出す。リリスはアントンが何を言おうとしたのかよくわからなかったが、なんとなく女性に失礼…ちょっと言われたくないことだったのだろうなと予想した。
次男と六男、割と似ている。
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