俺以外見るなと言われても!『本編完結済み』
こう
第1話 声援はノルマ
「きゃ~っ ブライアン様がんばってぇ~っ」
突然だが、キャピキャピした声で応援する人を見てどう思う?
私は純粋にうるせえと思う。
「ああ! 応援ありがとう!」
しかし声援を送られているこの人は、白い歯をキラッと煌めかせ、満面の笑みで手を振るファンサまで返すパフォーマンスの鬼だった。
「「きゃ~っ!!」」
ファンサされればファンは沸く。無性に何か振り回して声を上げたくなるのは何故だろう。
キラキラした男性にキンキンした声で声援を送る集団に混じった私、リリスは笑顔で手を振りながら跳びはね…ブライアンが背を向けた瞬間、スンッと表情を無くした。
(よし、第一ノルマ達成)
「ああ、白薔薇の君。いつ見ても本当に麗しいですわ」
「ええ。それにとても気さくな方。わたくしたちの声援に必ず応えてくださって…なんてお優しいのでしょう」
背後から聞こえる令嬢達の声に、リリスは口元が歪みそうになるのをなんとか堪えた。
(いやいやいや…本当に麗しく気さくで優しい人は、声援を送るサクラなんて雇わないんだわ~)
そう、何を隠そう白薔薇騎士団長
しかし別に、リリスがそんな役を担わなくてもブライアンは人気者である。
白薔薇騎士団の団長を務めるに相応しい白銀の髪に湖面を写したような碧眼。白鳥の化身ではないかなどと言われるくらい優美な麗人は、その場にいるだけで華やぐ時の人。三十近くになるというのにいつまでも若々しく、未成年から未亡人まで幅広い女性から支持される麗しの騎士様だ。
そんな彼が、何故リリスを声援係として雇っているのかと言えば…。
「あら、黒薔薇の君がいらっしゃったわ」
ご令嬢の言葉に顔を上げる。柵の向こう側、演習場で白と黒の鎧が向き合っていた。
この国には大きく分けて四つの騎士団が存在する。その四つの騎士団を象徴する色彩と国花の薔薇を絡めて「白薔薇」「黒薔薇」「赤薔薇」「青薔薇」騎士団と呼ばれている。
ブライアンは白薔薇騎士団の団長。
そして今、演習場で向かい合っているのは黒薔薇騎士団の騎士団長。短い黒髪に、猛禽類のように鋭い眼光の、背の高い男性。
「オニキス様~っ」
彼めがけて声援が飛ぶが、ブライアンと違ってピクリとも反応しない。
ブライアンを優美と喩えるならば、彼は堅実だろうか。荒削りだが清廉に、何にも影響を受けない姿勢が目を引く男。伯爵家の人間で、四つの騎士団の中で一番若い出世頭。
若く逞しい均衡の取れた身体に、短い黒髪。目付きは悪いが削ぎ落とされた美を体現したような、無駄のない美しさを持つ男性。
そう、彼こそがブライアンがリリスを声援係として雇う理由。
ブライアンは
(しょうもない…)
正直、ブライアンよりオニキスの方が好みなので、声援を送るならオニキスに送りたい。しかしサクラとして雇われたからには、お金を頂いているからには職務を全うしなくては。
そもそも何故リリスがサクラをしているのか。それは純粋にお小遣いが欲しいからだ。
リリスは五人の兄と一人の姉を持つ末っ子で、貧しくはないが裕福でもない子爵家のご令嬢だ。一番上の兄が家を継ぎ、二番目の兄は官吏となった。三番目の兄は騎士。四番目の兄は他国に留学。五番目の姉は伯爵家に嫁ぎ、六番目の兄は画家を目指して旅に出た。
お気付きだろうか。三番目の兄。
そいつがブライアンである。
(妹にキャーキャー言われて嬉しいの? まあ私が声を出すことで他の令嬢達がキャアキャア言いやすくなっているのはあるけど)
本来淑女とは、慎ましいものである。きゃあきゃあ声を上げるのははしたない行為だ。
だがそれ率先して行う人が居れば、ついついつられてしまうものだ。
ちなみにこのサクラ。入場と演習と退場の三回ある。演習時間は二時間で、地味に時間を拘束されている。
妹とはいえ十六歳。
そろそろ嫁入り先を探さねばと、普段領地で生活しているリリスは条件の良い嫁ぎ先を探して当主になった長兄と王都のタウンハウスへと来ていた。社交シーズン真っ盛り。子爵としての顔繋ぎのついでに、リリスの嫁ぎ先も探す目論見だ。勿論リリスも気合いを入れて相手を探さねばならないのだが…。
(ブライアンが応援してくれって言うんだから、仕方がないわよね)
ホワイトホース家のタウンハウスで生活しているのは次男のアントンだけだが、王都で生活しているのは他にも二人いる。その内一人は三男のブライアンだ。
そのブライアンが王都にやって来たリリスに、今回のサクラをお願いしてきた。お小遣いをあげるからと。
リリスはうっかり頷いた。
婚活中のご令嬢として暇ではないのだが、お小遣いのためだ。
子沢山の子爵家。両親の負担にならず、兄から貰える小遣いはとても貴重。
声援係などというしょうもない仕事であるが、一生懸命黄色い声を出している。つられて黒薔薇騎士団
白薔薇の騎士団は嬉しそうだが、黒薔薇の騎士団は迷惑そうだ。大変申し訳ない。
いや、一部まんざらでもなさそうだな? 所属部署が違っても感性は似たようなものかもしれない。
(まあいいか。暇な時間はスケッチするもんね~)
いそいそとスケッチブックをひろげ、嬉々と鉛筆を握った。
リリスの趣味は人物や風景を描写すること…スケッチだ。
旅に出るほど絵を描くのが好きだった三つ上の兄ほどではないが、描くのが好きだ。幸い
宣言していないが、リリスの髪はブライアンと同じ白銀。目の色も同じ碧眼だ。麗しい兄と違って平凡な顔立ちではあるが、毎回応援に来るほど兄大好きな妹として周知されている。遺憾の意。
(悔しいけど、否定してお小遣いの話をするのはちょっとね…でもやっぱり悔しいから、ブライアンは描いてあげない)
白薔薇
ぶっちゃけ、白い鎧より黒い鎧の方がかっこ良くて描き応えがある。特に黒薔薇の君、オニキスは精悍で、リリス好みなので描き込みが進む。スケッチブックはほぼ彼で埋まっていた。真っ黒だ。
(かーっこいいなぁオニキス様。ブライアンがきらきらしいから、無駄な部分がない削ぎ落とした魅力っていうのかな? そういうの好き。うわ今のどうやって動いたの? こう? ん? こう?)
首を傾げながら騎士の動きを観察し、手を動かす。スケッチブックにはあっという間に黒薔薇で埋め尽くされた。
(…あ)
ふと、視線が絡む。
黒薔薇の騎士オニキスと、熱心に眺めていたリリスの視線が絡んだ。
すかさず余所見をしたオニキスに剣戟が迫るが、彼は視線を向けることなく剣を弾き身体をしならせ相手を吹き飛ばしていた。強い。
(…目、鋭いなぁ…)
距離があるので色彩までしっかり見えたわけではないが、その鋭さから射貫かれた気分になる。
(キラキラじゃなくてギラッとしてる目。目尻が上がってて、まつげが意外と長くて、こう。こうしてこう…こうかな?)
記憶にあるオニキスの顔と、先程の鋭い眼光を思い浮かべながら筆を走らせる。なんとなく、印象深い瞳を描き込んでいく。
最近、よく目が合うな、なんて思いながら。
(なんて、気の所為よね)
若き出世頭の黒薔薇の君が、リリスのような小娘を気にするなんて、あり得ない。
「あ! ブライアン様が自ら稽古を…!」
(あ、お仕事だ)
リリスはぱっと顔を上げて、キラキラ笑顔のブライアンに向かって精一杯黄色い声援を送った。
「ブライアン様頑張って~!」
ちなみに様付けなのはなんとなく。意味はない。
声援に応えるファンサの鬼ブライアンのウィンクを受けながら、リリスは大袈裟に声援を送り続けた。
じっと送られる視線に、全く気付かず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます