第20話

新規プロジェクトの始動から3ヶ月が経過した。毎日が戦いの連続だったが、少しずつ成果が見え始めている。

「紡木さん、この企画書、素晴らしいですね」

部長の言葉に、私は小さく頷く。

「ありがとうございます」

会議室を出ると、同僚たちの視線を感じた。以前のような同情の眼差しではなく、尊敬と期待が混ざったものだ。


昼休憩、カフェテリアで佐藤さんが近づいてきた。

「紡木さん、すごいわね。みんな、あなたの話をしてるわ」

私は少し照れながら答えた。

「そう?まだまだだけどね」


その日の夜、和也さんと電話で話した。

「詩織、順調みたいだね」

「うん、でも油断はできないわ。天道くんのことだから...きっとまた」

「分かってる。でも、君なら大丈夫だよ」


さらに、その翌日。会社の廊下を歩いていると、不穏な空気が漂っていた。社員たちの間で、買収の噂が飛び交っているのだ。

私は不安を感じながらも、冷静さを保とうとしていたが突然、そこに天道くんが現れた。

「紡木さん、聞きましたか?」

「ええ、買収の話でしょ」

「そうです。でも心配いりません。僕が全てを上手くコントロールしてますから」

彼の自信に満ちた表情に、私は違和感を覚えた。彼の瞳に、普段以上の野心が燃えているのが見えたのだ。


数日後、私は驚愕の事実を知る。天道くんが買収を主導し、会社の完全な支配権を握ろうとしていたのだ。しかも、その過程で多くの社員がリストラされる事になりそうだった。

「こんなの...許せない」

もはやこれ以上の勝手を見過ごせなかった私は、彼との対決を決意した。しかし、彼の運命の糸を見た瞬間、私は息を呑んだ。

その運命の糸が、急激に細くなっている。そして、その先には...彼自身の死が待っていた。

「まさか...」

さすがに困惑した。彼の野心的な改変が、彼自身の命を危険にさらしているのだ。そして彼はそれに気付かない様子だった。自分の死は見えないのだろう。それは私も同じなのだろうが。


そして私は葛藤していた。彼の行動は許せないが、見殺しにすることもできない。

「私にできることは...」

そして決断を下した。彼を止めよう、そして彼の命を救うためにも大規模に動かされた運命の修復が必要だ。

私は複雑に絡み合う運命の糸に手を伸ばす......しかし、その瞬間、自分の視界が歪んだ。...あれ?


「詩織さん!」

佐藤さんの声が脳内に響く。目を開けると、彼女や他の社員が心配そうな表情で私を覗き込んでいた。どうやら私は倒れたらしい。

「良かった。目が覚めた?突然倒れたから...」

「ごめんなさい、心配かけて......このままじゃ会社も天道くんも危なくて、私...」

「何を言ってるの?あまり無理をしちゃダメよ」

何も知らない彼女の運命にも、リストラされる絶望的な未来が見えた。


「大丈夫よ、佐藤さん。これは私にしかできない事なの.....」

言って私はその場を立ち去る。自分のデスクに座り、大きく深呼吸した。そして、両手を広げ、再び運命の糸を操作し始める。

会社の未来、天道くんの生命、そして自分自身の運命。全てが交錯する中、私は必死にぐちゃぐちゃに絡まった運命という糸を解いて紡ぎ直していく。

しかし直後、光が私を包み込み、辺りが白く染まった───


白い光に包まれた私の意識は、やがてゆっくりと現実に引き戻されていく。まぶたが重く、なかなか目を開けられない。耳鳴りがして、頭がぼんやりとしている。

「詩織!詩織!」

なぜか和也さんの声が遠くから聞こえてくる。その必死な叫びに、私は何とか目を開けようと努力した。

まぶたが開いた瞬間、見慣れない天井を見上げていることに気がついた。白い壁、消毒液の匂い、そして耳に届く規則正しいビープ音。

どうやら病院に運ばれているようだ。


「よかった...目を覚ましたんだね」

彼の安堵の声に、私はゆっくりと顔を向けた。彼の目は赤く腫れ、無精髭が伸びており。何日も寝ていないような顔をしていた。

「和也さん...私、どうして?」

私の声は、かすれていて自分でも驚くほど弱々しかった。

「君は5日間も意識不明だったんだ。会社で突然倒れたらしい...」

彼の声が震えている。私は彼の手を握ろうとしたが、腕を動かすのもやっとだ。


記憶が徐々に蘇ってくる。会社の買収、天道くんの野心、そして手を出した大規模な運命への修復作業...。全てが夢のようで、現実感がなかった。

「会社は...天道くんは...?」

私の問いに、和也さんは少し困ったような表情を浮かべる。

「色々あったんだ。でも、今は君の回復が一番大事だよ」

その言葉に、私は何か重要なことを隠されているような気がした。しかし、今の自分には状況を把握する体力も気力もない。


看護師が病室に入ってきて、私の容態を確認し始めた。

「よく目を覚ましましたね。でも、まだ安静にしていてください」

看護師の言葉に小さく頷く。


その日の夜、私は再び目を覚ました。病室は薄暗く、窓の外には夜の街並みが広がっている。和也さんが椅子で居眠りをしていた。

私はゆっくりと手を動かし、自分の運命の糸を見ようとした。しかし、いつもなら簡単に見えるはずの糸が、ぼんやりとしか見えない。まるで霧の中を覗き込むような感覚だった。


「どうして...」

小さな呟きに、隣でうたた寝していた和也さんが目を覚ました。

「どうしたの、詩織?」

「和也さん、私...運命が見えにくくなってる」

彼は心配そうな表情を浮かべた。

「それって...能力に影響が出たってこと?」

私は黙って頷いたが、頭の中は混乱していた。自分の能力に何が起きたのか。そして、あの時の運命の修復は成功したのか。


答えのない疑問が、私の心を重くしていた。

「和也さん、本当のこと教えて。会社で何があったの?」

すると、彼は深いため息をついた。

「分かった。でも、驚かないでね」

彼の話を聞くにつれ、私の目は自然と大きく見開かれていった。


以前から巨額の資金が動く大きなプロジェクトが実行されていたらしいが、それが突然のキャンセルにより大きな赤字を出した。

会社の経営は危うくなり、さらにクライアント側から多額の賠償金を請求され。話し合いの結果、会社の買収という事になったらしい......。


だが実はそのプロジェクトは、指揮していた天道くんが相手企業の取締役と組んで進められていた事が発覚。

さらに、プロジェクトの資金を彼が勝手に動かし、その半分が相手取締役に直接流れていた。

さらに、キャンセルからの賠償金請求、買収への流れ全てが計画のうちだったという事が明るみになったという。


会社は、詐欺事件として警察に報告。相手の取締役は捕まったが、天道くんは行方をくらませた。

「天道くんが...いなくなった?」

「ああ、警察も捜索しているけど、まだ見つかっていないんだ」

私は言葉を失った。自分の行動が、こんな結果を招くとは思ってもみなかったのだ。頭の中で様々な思いが渦を巻く。


「和也さん、私...これからどうすればいいの?」

その問いに、彼は優しく微笑んだ。

「一緒に考えよう。君一人じゃないんだから」

未来は不確かで、多くの課題が待ち受けているだろう。でも、一人じゃない。その思いが、私の心に小さな希望の灯りをともした。

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