第12話

佐藤さんとの会話から数日が経った。あれから私は彼女の運命の糸を注意深く観察している。糸は日増しに複雑に絡み合い、時に激しく揺れた。

何か行動を起こさなければ。昼休憩、佐藤さんが一人で座っているのを見かけ、声をかける。

「佐藤さん、一緒にお昼食べない?」

「あ、紡木さん。うん、いいよ」

二人で会社の屋上に向かう。佐藤さんの表情は疲れているようだ。


「あれから、どう?」

佐藤さんは深いため息をついた。

「正直、辛いの。旦那との関係はますます悪くなってるし、北野くんへの想いは強くなるし...」

私は慎重に言葉を選んだ。

「離婚は、するんだ?」

「うん。でも、旦那に言い出せなくて...」

佐藤さんの運命の糸が激しく揺れるのが見えた。相当追い詰められているらしい。


「佐藤さん、自分の幸せが一番大切だよ。怖いかもしれないけど、頑張ろう」

「そうだね...ありがとう、紡木さん」

佐藤さんの表情が少し明るくなった。そして、その日の夕方、佐藤さんから連絡が来た。


「紡木さん、聞いて!旦那に離婚を切り出したの」

「え?本当に?」

「うん。怖かったけど、あなたの言葉を思い出して...勇気出した!」

私は安堵のため息をついた。直接の介入なんかしなくても、上手くいくのだ。

「よかったね!」

「ありがとう。でも、まだ始まったばかり。これからが大変かもね」

「大丈夫、私がついてるから」

電話を切った後、思わずガッツポーズをした。結婚前から失敗するのは分かってただけに、良い方向に向かって嬉しい。


しかし翌日。彼女は会社に来なかった。

更にその夜。月光堂でのバイトをしてると、私服姿の佐藤さんが現れた。目元が殴られたように腫れていた。


「私、どうしたら良いのでしょう?実は、離婚を切り出したのですが。その後、旦那から「他の男が出来たんだろ!」って怒鳴られ、殴られ......」

佐藤さんは涙ながらに話した。離婚するなら、ただでは済まないと脅されたようだ。

佐藤さんの糸に激しく絡まる糸を見れば、旦那がかなり執着してる事は明白だった。佐藤さんの糸は、もはや力を無くしている。


私は深く考え込んだ。彼女の幸せのために、私に何ができるだろうか。彼女が自然に離婚出来る方法。旦那の方から離婚を切り出してくれればいいが、普通に考えてそれは無理だろう。

でも、このままでは佐藤さんが思い詰め、何が起きてもおかしくない。そうなると悩む時間はなかった。


「分かりました。少し目を瞑ってもらえますか」

佐藤さんは私の言葉に従った。私は覚悟を決めて目の前に手を伸ばす。彼女に複雑に絡まりつく、旦那さんの太い運命の糸を少しづつ解いていった。

彼女の運命の糸には触らず。丁寧に、丁寧に、旦那の運命を彼女への執着から解き放つように。


「もう開けていいですよ。以後は旦那さんを刺激しないでください。大丈夫。きっと、良い離婚が出来ると思います」

佐藤さんは憑き物が落ちたような顔で帰っていった。

私の行動は間違いじゃない。きっと彼女は幸せになれる。そう、私は自分に言い聞かせた。


その日の夜、橘さんから電話があった。

「いよいよ明日だね」

「そうですね」

「どうしたの?何か不安でもある?」

彼の言葉に少し動揺したが、すぐに誤魔化す。今は佐藤さんの事を忘れなければ。

「あ、いや。私、デートって初めてなんですよ」

「そうなの?詩織さん、素敵なのに以外だな」

突然名前で呼ばれ、思わず顔が赤くなる。そして素敵?私が?恥ずかしくて枕に顔を埋めた。

この人、サラッとこういう事言うんだ。やり手営業マンだし、騙されてるのか?そんな不安がよぎる。


「私なんて、全然ですよ。今まで誰とも付き合った事ないんですから」

「そうなんだ!じゃあ僕は幸せ者だね。それより詩織さんも、僕の事名前で読んでくれない?」

「え!それはちょっと、恥ずかしいです」

なんのラブコメだ!いつの間にか幸せな気持ちが胸の中を埋めつくしていた。

電話を切った後、私は鏡を覗き込んだ。顔が耳まで赤くなっている。こんな気持ちは初めてだった。


翌日、健太の朝食を作った私は急いで準備をしていた。いつもより時間がかかっている。

「姉ちゃん?デート?」

「ち、違うわよ!友達と遊びに行くだけ」

健太が鏡越しに、にやけている。

「わかりやすいなあ。そういう所が可愛いとか言われちゃうんだろうな」

ファンデーションのスポンジを健太に投げつける。すると彼は「こわいこわい」と去っていった。


私は時間に合わせて待ち合わせ場所に向かった。橘さん......もとい、和也さんは既に来ていて、私を見つけると満面の笑みを浮かべる。

「詩織さん、今日はいつも以上に綺麗だよ。私服姿も、初めて見たけど凄い可愛いし」

「な、なんですか、いきなり」

思わず顔を逸らす。デートって、スタートダッシュからこんな感じ?心臓が、もたないわ。


まずは、彼のお気に入りのカフェに向かった。落ち着いた雰囲気の中、二人でコーヒーを飲みながら、仕事の話や趣味の話で盛り上がる。

和也さんの優しい眼差しに、徐々に緊張がほぐれていく。

「詩織さんはコーヒー、ブラックなんだ」

「うん、苦いのが好きなの。橘さんは?」

「僕は甘党だから、カフェオレにたっぷりシロップ。ってか、名前呼びしてよ」

「えーと。か、和也さん......」

もはや自分がどんな顔をしてるか、想像もしたくない。


カフェを出た後、二人で近くの公園を散歩した。春の陽気に包まれ、桜の花びらが舞う中を歩く。

「ねえ、詩織さん」

「うん?」

「君と一緒にいると、時間が経つのがあっという間だよ」

彼の言葉に、思わず顔を赤らめた。どうしてこういう事を言うのだ。ただ......

「私も...和也さんといると楽しい、です」

そっと彼が私の手を握る。温かい。胸の鼓動が早くなるのを感じた。これ、急に心臓止まらないよね?


公園を出て、二人で夕日を見に川辺に向かう。オレンジ色に染まる空を背景に、彼の横顔を見つめた。この人となら、きっと幸せになれる。

そう思った瞬間、私は自分の運命の糸が彼のものと強く結びついているのを感じた。

「詩織さん、今日は本当に楽しかった」

「はい、私も。こんなに楽しい時間を過ごしたの、初めてかも...」

照れたように二人で笑い合う。この幸せな時間が永遠に続けばいいのに。...って、こんなこと本当に思うんだ。


そんな幸せな時間の中、突然それは起きた。

彼の運命の糸が激しく揺れ始めた。踏切での事が思い出される。

彼の運命に警告?......どうして!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る