ホテル・イングロッソのスイートな王子たち
束出晶大
第1話 亜佐飛の夏がはじまる
八月の第二水曜日。戸祭家は夏休みの期間を利用して、高級ホテルに宿泊することとなった。
ホテルの名はホテル・イングロッソ。東京都の
「うわあ、すごい!」
亜佐飛はホテルに到着してまず、その外観におどろいた。建物は十五階建て。小学生の亜佐飛がこんなに大きなホテルに泊まるのは初めてだった。それは住んでいるマンションよりも、通っている学校よりもずっと大きい。
亜佐飛はサラリーマンの父・
亜佐飛にはふたりのきょうだいがいる。二歳年上の兄・
亜佐飛は母ゆずりの大きくてぱっちりとした目をしている。手足が長く、顔が小さい。その見た目はまるでお人形のようだと、どこにいても目立っていた。
兄の澪史は目が大きくて、鼻が高い。弟の北登は小顔で首が長く、姉の亜佐飛より身長が高い。同じ親から生まれたきょうだいは顔が似たりするものだけれど、三人はそれほど似ていなかった。
一家が入ろうとした時、ドアマンがドアを開けた。ドアなら小学生の亜佐飛でも開けられるけれど、ホテルの人に開けてもらうことで、いかに自分たちが特別で大切な客であるのかを感じる。高級ホテルは違う、と亜佐飛は子どもながらに感動した。
一家は今日から二泊三日、ファミリー向けの部屋に泊まる。ベッド、ソファ、テーブルと、五人で過ごすのに必要な家具はそろっていた。部屋にあるものはどれも値段が高そうで、そこはまるで高級マンションの一室のようだ。ベッドは三台ある。ここで暮らそうと思えば暮らせるだろう。
「すてきな部屋ね」
知柚はバルコニーから見える景色に感動した。そこからは
「うん。がんばって働いた甲斐があったよ」
今回、栄尋は家族をよろこばせるために、お金をこつこつと貯めていた。平凡な家庭の戸祭家としては、このホテルに泊まるのに背伸びをした感じだ。
「ベッド、お父さんはひとりで使っていいからね」
亜佐飛たちは栄尋に感謝の気持ちをこめて、一台のベッドをゆずる。
亜佐飛は母と一緒に寝る予定だ。澪史と北登が同じベッドで寝ることに。どのベッドもツインベッドなので、ひとりじゃなくても窮屈な感じはしないだろう。
「『イングロッソ』って、どういう意味なのかしらね?」
知柚はこのホテルの名前に疑問をもつ。
「インターネットで調べたら、出てくるんじゃない」
澪史がこたえた。長男で中学生の彼は、きょうだいでただひとりスマートフォンを持っている。さっそく調べているようだ。
「創業者が昔よくしてもらったスウェーデン人の名字、だって」
澪史がみんなに向かってしゃべる。
「なんだか、建物だけじゃなくて、ホテルにまつわるエピソードまでおしゃれだね」
栄尋が言った。
「スウェーデンはどこにある国なの?」
亜佐飛はたずねる。
「北ヨーロッパの国よ」
知柚が答えた。澪史はすかさずインターネットで調べて、亜佐飛がよりわかりやすいよう、世界地図のどのへんにある国なのかを教えてあげる。
「俺、人生のうちでスウェーデン人に会うかなあ」
北登が言った。戸祭家はまだだれもスウェーデン人と出会ったことがない。今後の人生で出会えたとしたら、それはすてきなことだ。
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