怪貌の坩堝

「———アアあアァぁごめンねぇ…!」

 

 

 場所は王都の時計塔。

 時間も向かい合う影もいつかの夜と重なっている。

 

 だがあの日と大きく異なったのは、悲哀に暮れた号哭を曝す女の姿と心底面倒そうな顔をした男がいたことである。

 

 

「『統括』君ゴめェん…!こノ間はごメンよォ…!痛かったよネ痛かッタよねぇぇェッ!アンなコト思っテないからサァ…!あああドうしヨどウしたら良いんだロぉ!?」

 

 

 両手で顔面を覆い、血が滲む程に指を肌に食い込ませ、血走った目を掻き混ぜるが如く彷徨わせる。

 蹲ったまま汗か涙かもわからない液体をダラダラと垂らしながら嘆き叫喚する女は、以前対面した時とは似ても似つかない。

 

 そんな光景を眼下に、まるで拾った大金———否、ゴミの処理に悩んでいる時のような煩わしさを滲ませる男はため息をつきながら彼女を宥める。

 

 

「別に気にしてませんよ、慣れてますので。それにあのままだったらもっと拗れてたでしょう?」

 

 

 理由としてはいつもの事であるから、という事情に収束するが、彼を含む彼らにとっては死ななければ些事である。

 

 女の凶行をまるで気にも留めていない様子の彼は仕事の一環だと言ってのける。

 

 ———ノイズが走る。

 

 

「あそうだ!今なら宝具だって貸してあげるゼぇ!?とびきりいいヤツ!皆オレ宝具オモチャ大好きだモンねぇ〜♡」

 

 

 抱え込んでいた頭がグルリと反転し頭上の『統括』に向く。

 肉が引き延ばされ、骨が捩れる音が酷く生々しい。

 

 奇妙なことに先程まで垂れ流していたものは綺麗さっぱり消え去っており、白と黒の入り混じった長髪を乱したまま親の機嫌を取ろうとする子供のような期待に満ちた満面の笑みだけが浮かんでいる。

 

 とても同一人物が喋っているとは信じ難い、怪奇極まる百面相がそこにはあった。

 

 

「それも良いですが、今回のシナリオの介入について理由が聞きたいんです」

 

 

 男は女の提案を蹴飛ばし、何よりも問いただすべき事項について触れた。

 

 

 ———ノイズが走る。

 

 

 刹那、女の顔面に浮かんでいた笑みが砕け散り、代わりに三つの穴をくり抜いたような不気味な白面が現れた。

 

 

「———必要だよ必要だって必要に決まってんだろ。だってだってあのままじゃ主人公が没キャラになっちゃうじゃん?それじゃあ彼女 キミ  ボク のままで『同じ 退屈 』で『変わらない つまらない 』、それじゃ面白くない」

 

 

 支離滅裂な単語が継ぎ接ぎされ、まるで複合した音声の様な異音が言語として並べられる。

 理解出来ないはずであるそれが記号として脳に送り込まれ、形容し難い不快感が内側を反響する。

 

 

「…なる、ほど」

 

 

 まるで内側から精神を引き裂かれるように意識が分割され、虫にも劣る思考が脳内を渦巻く。

 

 世界が割れ、自己の形成する世界が根本から崩れ去ろうとする。

 

 砕け散る世界の中に映るのは、何かを取り出しながら身を起こすリトの姿であった。

 

 

「なら、構いません…が———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———ガコン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———二度目は勘弁してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———次の瞬間、そこにはリトの生首を片手に、頭部を失った彼女の首の上に鳥が留まるように静止する男の姿があった。

 

 男の左肩には切断されたような痕が見受けられるも、直後には冷気と結晶が溢れ出で、患部を覆い、仄かな聖魔術の光が一瞬にして接合する。

 

 右手に持つ首ごと切断された白黒の髪が地面に落ちる。

 

 

「度が過ぎればイッチでも許してくれませんよ」

 

 

 白い息を吐く彼は程々厄介な《魔法》に顔を顰める。

 二度目ともなれば『慣れ』はあるように見えど紙一重。三度目は怪しいといったところだろうか。

 

 彼の持つモノは彼女と頗る相性が悪かった。

 

 だが彼女の言うことに関して、彼も聞く耳を持たないという様子ではなかった。

 

 折角焚き付けた憎悪の種。

 華麗なる悪と正義の対立において、これを利用しない手はないだろう。

 

 詰まるところ、今回の凶行は彼女なりに修正が不可欠であると考える、無理やり差し込んだイベントであったのだろうか。

 

 

「それと、後始末だけはキッチリとお願いします。此方でもサポートはしますので」

 

 

 ———ノイズが走る。

 

 その直後、手元の生首が消え、男の背後に破顔したリトが現れる。

 

 

「ホントに!?さっすが頼りになるね☆そこまで言うならしょうがにゃい、観客オーディエンス君達 ワタシ 活躍 醜態 を期待してるんだもんね」

 

 

 戯言 ほんね を語り、本音ざれごとを抜かす坩堝の怪貌。

 

 白磁の如き結膜の中心に穴が空いたような暗黒の瞳。

 塗りつぶしたような黒い結膜に囲われた真珠の如き銀白の瞳。

 

 二色が反転した異様なオッドアイがまるで深く斬り込まれた傷口のように細められ、嬉しげに彼を見詰める。

 

 

「リトちゃんしっかりやってくるから首洗って待ってろよ?あとまた今度何か食べに行こーね♡」

 

 

 彼女はこれ見よがしにあざといポーズを取ると、彼の返事も聞き届けず一方的に会話を断ち切り背を向ける。

 

 そうして彼女が錆色の何かを手に前へと翳した瞬間、目の前に人一人が通り抜けられる程の空洞———『門』が現れる。

 

 

「じゃ、バイ———あ、そうだ」

 

 

 そう、彼女が『門』の向こうへと消え去ろうとした時であった。

 

 彼女の手元から男へと何かが投げ渡される。

 

 

「っ、何を…」

 

「ゼス君…だっけ?の籠手だよ。彼死んだからね。折角だし貰っとけば?」

 

 

 渡されたのは傷付いた鈍色の籠手であった。

 彼は空から注ぐ光に照らしながら、その全体像をまじまじと眺める。

 

 

「…悪食ですね。でも使い勝手は良さそうだ」

 

「そんだけ。じゃ、今度こそバイビ〜♪」

 

 

 それだけ言うと、彼女は軽く手を振りながらその奥へと消えて行った。

 

 同時に『門』はゆっくりと閉じて行き、最後には何も存在していなかったかのように消滅する。

 

 

「…まともな料亭を期待していますよ」

 

 

 騒がしい宴の後のような、呼吸の音が聞こえてきそうな程の静けさが舞い戻る。

 

 残された彼はここ数日一の疲労をため息と共に吐き出した。

 

 

「…いつもアレなら良いのに…いや良くないけど。躁鬱どころじゃないぞ。よくアイツはあんな簡単に遇らえるな…」

 

 

 崩れ落ちる様にその場へと腰を下ろす。

 暗部としての癖なのか、塵も音さえも立たせない。

 

 コロコロと表情の移り変わる怪人を相手し終えた彼は虚空の彼方に任務完遂の旨を伝達する。

 

 

「兎も角…これで問題ないだろ。真性のバケモノという点では頼りになる。なるようになることを願おう」

 

 

 信用は出来ても信頼は出来ない存在、などと有りふれた言葉が思い浮かぶも、それは己の仲間全員に言えることだと頭を抱える。

 

 そうして、ふと大事なことを思い出す。

 

 

「…つくね…無くなったな」

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