黒い導き
王城は広い。
国の威厳を示すため、その象徴として建設されるこの城は敷地だけで言うならばもはや一つのテーマパークをも超えてしまう程である。
そんな王城にはいとやんごとなきご身分の人間が住んでいるわけだが、コレだけの敷地の中には彼等が日々使用する様々な施設が存在している。
そのうちの一つが訓練場である。
以前、アリアとデュークが御前試合を行った場所とは違い、実戦よりも反復演習を行うことを主目的とした個人用の訓練施設である。
「《
訓練場の一角が瞬く。
数度何かが駆ける音が鳴り響いた。
「《
立て続けに走る稲妻。
訓練場の床や壁が徐々に焼かれてゆく。
新設のように綺麗だった訓練場が一瞬にして傷物になってしまった。
普通の施設であればこうしたことが繰り返されいずれ老朽化が進むのだろうが、ここは王城、きっと明日には元通りになっていることだろう。
「…ふぅ」
デューク・クラディアスは息を吐く。
そうして傍に設置されているベンチへと腰掛ける。
「…駄目だな」
そう己をこき下ろす。
己の得意とする雷魔術を何度か試行していた彼は、己に行き詰まりを感じていた。
幼い頃から天才だと持て囃された彼は、未だかつて魔術において歩みを止めるなどということはなかった。
「…」
実際彼は今の歳になるまでに魔術を一種、二種、三種と身につけ、それら全てを第三節まで昇華させ使いこなしている。
しかし今の彼にはそこから先へと向かう道が、まるで見えていなかった。
「…《
掌に雷の魔力を生み出す。
魔力の巡りは…決して悪くはない。
自身の肉体に不調があるわけでもない。
そこに秘められし才は十二分である。
バチバチと迸る雷光を眺めながら頭を抱える。
「…今日は、止めておくか」
魔力を掻き消した彼はベンチから腰を上げ、訓練場をあとにする。
そうしてやって来たのはいつもの中庭だった。
相も変わらず綺麗に切り揃えられた芝生、緑一色を彩る花壇に、静かながら豪快に噴き出す噴水は見る者の心を落ち着かせる何かがある。
彼は何を思ったのか、その中心に立つと再び魔力を激らせる。
「《雷鳴神殿トル=ディアークス=マグナ》」
———ッ!
轟音と共に現れる神殿。
場所が場所なため出力は抑えられてはいるものの、昔の人間が見れば正に神の所業だと崇めるであろう光景であった。
だが…
「…いつからオレはこんなにも自信を失ったのだろうな」
今の彼にはそれがこじんまりとしたものに見えてならなかった。
あの時中庭でアリアへと見せた同じ魔術は、もっと力に溢れ、正しく魔術の偉大さを物語る神秘を秘めていたはずだった。
「止めだ止めだ、こんな所をユラにでも見られれば面倒だ」
中庭で勝手に魔術を行使したこともそうだが、ここまで後ろ向きな姿を彼女に見られれば間違いなく面倒な絡み方をしてくるに違いない。
彼の脳裏には、己の目の前で両手を広げ『私の温もりを分けて差し上げましょう』などとほざく馬鹿の姿がありありと浮かんだ。
デュークは魔術を消し去ると自室へ向かわんと身を翻した。
「———いつ見ても凄いよねぇ、この…何だろ…垣根?」
そんな声が響いたのはその直後だった。
「っ!?」
彼は思わず振り向き中庭を見渡す。
すると先程まで己が魔術を行使していた場所のすぐ側、噴水の傍に一人の男が花壇を見ながら何かをブツブツと呟いているではないか。
デュークは突然のことに思考が停止する。
「いや違うな、花壇か…うーん、金持ちの家っていうのはよく分かんないな」
デュークは固まったまま頓珍漢なことを言う奇妙な男を眺める。
黒髪黒目、武器を携帯している様子も無く、また何か破壊活動をしているわけでもない。
よく分からないが何故か花壇を見てうんうんと唸っている。
あまりにも不審極まりない。
「…こんなところで何をしている?」
しかしそこで彼が取った行動は衛兵を呼ぶわけでもなく逃げるわけでもなく…声をかけることだった。
デュークは衛兵を呼ぶか迷ったものの、この奇妙な男に僅かでも興味が湧いてしまった。
声をかけられた男は今しがた気づいたとでも言うように「ん?」と惚けた反応を見せ、彼の方へと顔を向ける。
「…ああ、ごめんね。勝手に入っちゃって。」
「それで済まされるような場所ではないんだが…」
王城とは王族の住まう国の要である。
そんな場所に無断で入るどころか第二王子に対して砕けた口調で語りかけるなど無礼千万にも程があるという物だ。
しかしデュークは自身に対し然るべき態度で接することがなくとも特段気にしない。
己が相手に低く見られていようと本質的な立場と力の差は変わらないからだ。
王侯貴族としてはあってはならない考えなのだろうが、彼はそう言った枠組みに囚われるのも好まない。
己のあるべき姿は己で決めるものというのが彼の言である。
「まあ、いい…で、ここに来た目的を聞かせてくれるか?」
しかしそれはそれとして不法侵入であることには変わりない。
彼の目的によっては今ここで彼自身の手で沈めてしまう必要があるかもしれない。
目の前の男からは魔力も覇気も敵意の欠片も感じ取れないが、デュークは己の目が絶対などと思うほど思い上がったつもりは無い。
彼がそう問えば彼は不思議そうな顔をして答えた。
「目的って…あー、何だろう…観光?」
観光を目的に王城へと直接の侵入するとはなんてアクティブなのだろうか。
「……そうか」
デュークはそれを聞き何も言うことができなかった。
この男、あまりにも不審というよりも変質が過ぎる。
彼がそう未知との遭遇にフリーズしていると、男は何かを思い出したのか徐に手を叩いた。
「あっ、そうだ。君のさっきの魔術見てたけど、凄いんだね」
そう言って彼を褒め出す。
なんとも唐突な話題ではあったが、デュークはそれを嘲笑するように返した。
「ハッ…凄い、か。オレにはそこまで大したもののようには感じなかったがな」
そう、まるで他人事のように己の魔術を馬鹿にする。
今の彼にとって、あんなものを見事などと褒められたところで下手すれば嫌味のようにさえ聞こえる。
そんな彼の卑屈な様子に、男は顎に手を遣り困ったように唸る。
「うーん…本当に魔術は・凄いと思ったんだけどねぇ…」
そうして、こう付け加える。
「確かに、粗くはあったかな」
「…粗い?」
純粋が疑問が言葉として溢れる。
自分で言うのと他者に言われるのでは意味が変わってくるようにも感じるが、彼には男が自身を馬鹿にしているようには思えなかった。
故に、怒りではなく疑問が湧いた。
「そう、粗い。俺は魔術には明るくないけど魔力の扱いは得意だからね」
「魔力…」
デュークは彼が言わんとしていることを理解する。
「オレの魔力は、粗かったか」
「うん、乱れまくってたね。逆になんであれで普通に術式が発動してんだって感じ」
今のは若干小馬鹿にしているようにも感じられたが、デュークはそんなこと気にならない程男の言葉が引っかかった。
彼は男の言葉を脳内で反芻させる。
沈黙する彼へ、男は続ける。
「その様子だと気づいてなかったんだね。無意識のうちに魔力が乱れるようなことがあったのかい?」
そう彼が問えば、デュークの脳に自然と浮かび上がるのは…幼馴染であった。
あの日、あの場所で見た悲痛な表情は今でも嫌という程鮮明に思い起こせる…起こせて、しまう。
「そう、だな。一つある」
それが自身の心を乱しているというのならば納得であった。
「それは…すぐに解決できるものでもないのかい?」
「ああ、今のオレでは…何もしてやれないんだ」
その一言で彼が自分ではない誰かのことで思い悩んでいることがよく理解できた。
「大変そうだねぇ…良ければ、俺が話の一つでも聞いてあげようか?」
男は優しげな表情で諭すように言う。
「…他人に語るような事でもない」
「そうかな?悩みっていうのは、案外一人で抱え込んでいるから袋小路に迷い込むものだよ」
「…」
「それにほら、全く関係無い赤の他人だからこそ打ち明けられるものもあるんじゃないかな?」
赤の他人だからこそ言える事。
他者に話せば何か糸口が見つかるかもしれない。
「……そういうものだろうか」
デュークはその言葉に僅かでも納得してしまう。
実際、当事者であるからこそ重要なことが見えないと言ったことは珍しくもなかった。
己が魔術の訓練をしている時だって、周囲からのアドバイスで突破口を見出すことも少なくはない。
「ほら、お兄さんに話してごらん?」
その言葉が、彼の背を押す。
「…オレには、幼馴染がいる———」
そうして彼は、あの日のことを打ち明ける。
「———かぁ〜、全く青いねぇ…」
ベンチに座り、額に手を遣り天を仰ぎながらそういう男は何かを噛み締めているようにも見える。
デュークは己と、自身の幼馴染に起きた出来事について要所を除いて男へと話した。
その反応がこれである。
「…オレは、ソイツに何かしてやれたのかと今でも考えてしまう」
戯けたような反応を見せる男とは対照的に、デュークは酷く沈んだ様子でそう答える。
あの顔を、悲劇を、変えられるような行動が自分には取れなかったのか、と。
自分の行いは果たして正しかったのか、と。
あの悲劇は、もしかすれば自分が招いてしまったのではないか、と極端な妄想さえ浮かんできてしまう。
男はそんな彼へ打って変わって落ち着いた様子で尋ねた。
「君はさ…過去に戻れたとして、本当にその結果を変えられるような何かをしてやれたと思っているのかい?」
「…」
「人々が魔物に変えられたことも、災厄がやって来たことも…その子の親が殺されることも…全部君の行動一つで変えることができるようなものだったのかい?」
デュークの脳裏にあの時の光景が浮かび上がる。
訓練場にて怪物へと変貌して行った人々。
それに悲鳴を上げて逃げ惑う民。
揺れる王都。
降り注ぐ破滅。
そして———
『お父様…殺されちゃった…』
———彼女の光の無い瞳。
男は、何処か強い口調で問う。
「———君に、そこまでの力はあったのかい?」
「っ!」
過去の己が嘆く、『不可能』という事実。
たとえやり直せたとしてもきっとあの結果は変わらなかった。
己自身がそれを一番理解していた。
それを否定したくても、彼は言い返す言葉を持ち合わせてはいなかった。
そんな彼の様子に気づいているのか否か、男は続ける。
「確か、その子は今強さを求めて頑張ってるんだっけ?」
「…ああ」
頑張っている、などと言えば可愛いものだ。
あれから一度だけその姿を見たが、まるで取り憑かれたように鬼気迫る表情で剣を振るう姿は勇者というよりはまるで修羅。
本来の優しげな、明るげな雰囲気など一切無く、ひたすらに強さに貪欲になっていた彼女。
それこそまるで自分を捨てたような…昔の彼女に戻ったようにさえ見えた。
「俺が思うに、英雄になるのが本心だとして…きっとその子は、もう誰も失いたく無いんだと思うよ」
「だから一人で突っ走る。だから強さを求める。もしかしたら…英雄になることよりも、それを求めているかもね」
本当のところは分からない。
彼女は戦士としてただ純粋に強さを求め、真っ直ぐと英雄を目指しているのかもしれない。
その姿が行きすぎた何かと周囲に思わせているだけなのかもしれない。
だが、デュークにはその言葉がストンと胸に落ちたような気がした。
本当はただ大切な人をまた失うことが怖いだけなんじゃないか。
そこに何もおかしなことは無い。
親を失った子供が同じ思いをしたくないと抗っているだけだ。
「だって、本心から英雄を目指していた彼女は…とっても輝いていたんだろう?」
そうだ。
二年前のあの日から、彼女はあれだけ輝きが増していたじゃないか。
それに陰りが生まれたのは、後ろから絡みつき縛り付ける何かがあるからなんじゃないのか。
『会いたい人がいるんだ』
あのどこまでも澄み切った美しい瞳を濁らせているのは、誰かを失うという恐怖があるからなんじゃないか。
「———」
もしそうだとしたら、本当にそうなら———
「君は…どうしたいんだい?」
今、自分にできることは———
「オレは———強くなりたい」
「アイツがこれ以上何も失わないように」
「アイツがもう…戦わなくても良いように」
そう、デュークは迷いなく答えた。
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