悪意
王都は王国の中心地であるため人の出入りが激しく高い人口密度を誇る。
特に昼間は市場の人通りが多く人の営みを強く感じさせる光景が広がっている。
そんな人海の中を少女は一人、歩いていた。
「あ、あれ美味しそう!でもアレもいいなぁ…!」
周囲の視線を気にすることもなくあっちを見たりこっちを見たり、と忙しなく視線を動かす少女。
見るものは果物ばかりだが、まあ甘いもの好きなのは少女然としていると言えよう。
「———よ…ね…。」
「———ち…いな…あ…!」
そうして歩いていると、徐々に覚えのある声が耳に届く。
少女はそれに気がつくとぱぁっ、と顔を明るくして足早にそちらへと向かった。
「それでどうですか。今なら焼き立てですが…」
「そうねぇ…じゃあ一本買わせてもらおうかしら。」
「———フレデリックさん!」
姿が見えた所で少女がそう呼びかける。
するとパン屋の店主———フレデリックが少女の方に顔を向けた。
「おぉ!アリア様!」
「この間振りだね!」
少女の姿を見ればフレデリックも彼女と同様に表情を柔らかくして挨拶をした。
「この間と言えば、新作のパンが出来た時ですね。」
「そうそう、とっても美味しかったよ!お父様も絶賛してた!」
「本当ですか!いやぁ、アリア様と勇者様のお墨付きが頂けるとは…私も胸を張って商売が続けられますねぇ。」
フレデリックとそう和かに話す。
「アリア様もこんなところにいるなんて、何か用事が?」
「うん、さっきまで森の方に行ってたんだ。今帰ってきた所だよ。」
隣にいた女性が少しラフに話しかけるとアリアは気分を害した様子もなくそう答える。
「こらこらリンさん。アリア様相手に失礼でしょう?」
「あ!やだ、ちょっとフレデリックさんと話してる感覚が抜けてなかったみたい…」
「気にしなくていいよ、ボクもそれくらいの方が話しやすいし。」
「そうですか?なら良かったわ。」
「リンさん…」
リンと呼ばれた女性は軽い口調をフレデリックに注意されるも本人に良いと言われたなら、とそのままの口調で話す。
フレデリックはそれに呆れた様子を見せるが、アリアが許しを与えた行為に口を挟むべきでないと思ったのかそれ以上言及しなかった。
彼は「それはそうと」と話題を変えるように話し始める。
「森へ…一体何の依頼だったのでしょうか?」
「ゴブリンだよ。最近様子がおかしいって報告があったんだ。」
「…ゴブリンってあの?」
「まぁ…!女の子にそんなもの行かせるなんて、組合に一言言ってやろうかしら!」
「ボクが自分で行っただけだから…」
アリアは憤るリンを宥める。
ゴブリンは傭兵達だけでなく一般人からも嫌われている。
というのも習性として有名なのが「女性を襲い孕ませる」というもので、これがあるためか女性からの嫌われ具合は男性とは比べ物にならない。
「まぁまぁリンさん落ち着いて。」
「でも…」
「アリア様の意志に我々が口を出すなど言語道断。それに、貴女だってアリア様がお強いことぐらいご存知でしょう?」
「まあねぇ…。」
アリアを心配してのことであるというのはわかるが、フレデリックが言うようにこれは外野がとやかく言うことではない。
強いて言うなら父である勇者本人が忠言するくらいだろう。
「しかしながらリンさんの言うこともわからないわけでもないですけどね。一市民として…と言うよりは、一人の大人として子供に無理をさせるのは情けないですから…。」
そうリンの意見を尊重する彼は、本当に申し訳なさそうにそう言った。
「もう、ボクは十五歳だよ?子供なんかじゃない!」
しんみりとした雰囲気でそういう彼に、アリアは自分が子供扱いされたことに頬を膨らませて抗議する。
「アッハッハ、いやそうですね。これは失礼致しました。」
「全然わかってないよ!」
「アリア様、それは無理があるわよ…」
プンプンと怒る彼女を二人は微笑ましいものを見るような目で眺める。
「全く…」
「ハッハッハ、申し訳ございません。どうか焼き立てのパンお一つでご勘弁下さい。」
「え、ホント!?」
「はい、アリア様にはいつもお世話になっておりますから。」
「ふふ、やったー!」
「リンさんもどうぞ。」
「あら、ありがとう♪」
アリアだけでなくリンにも焼き立てのパンを無料で配るフレデリック。
もらった二人もホクホク顔である。
「ところで、アリア様はこれから何処へ行かれるので?」
「実はさっき行って来た森にゴブリンと交戦してた人がいてね。組合に報告に行こうかなって。」
交戦における生存者は二人。
周囲に血は飛び散っていたものの
アリアは血の量や僅かに残っていた肉片から後者が濃厚であると考えているが、それの確認も兼ねて組合へ報告に向かおうとしていた。
「なるほど、ではお気を付けて。私もそろそろ仕事に戻る時間ですね。」
「うん、また来るよ。」
「はい、お待ちしております。」
「リンさんもバイバイ。」
「ええ、さようなら。」
そう言ってアリアは2人に背を向け、組合の方へと走り出す。
二人も彼女の背が見えなくなるまでヒラヒラと手を振るのだった。
◇
「生き残ったのはお二人だけ、ですか。」
傭兵組合王都支部の受付にて、金髪の青年は心底残念そうに溢す。
その手に持つ報告書には今回の依頼の達成内容、損害内容が大雑把に記されている。
死者七名。
それが主な損害内容であった。
今回派遣した傭兵はかなりバランスが良かったと言えるだろう。
弓で牽制しつつ盾で守り、無理に近づくゴブリンを近接が処理。二人いた魔術師もそれぞれが対多に特化した魔術に明るかった。
三等級の傭兵一人でさえ逃げ帰ったという報告がある程だ。二等級の彼等が生きて帰って来られない理由は見当たらない。
普通であれば・・・・・・殆ど被害もなく達成出来るはずの依頼だった。
不自然。
その一言に尽きるだろう。
青年はその確かな不自然を感じつつも、表情を変えることなく前に向き直りカウンターの向こう側へと視線を移す。
「誠に心苦しくはありますが…一連の出来事についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…あぁ。」
それはそれは申し訳なさそうな顔をしてそう彼に、目の前にいた傭兵が浅く頷き語り出す。
曰く、数はそこまで多くはなかった。
曰く、まるで人間を相手しているかのようだった。
曰く、一体一体が強力だった
記憶を探る度、男は目の前で仲間が死んでゆく情景を思い出してしまうのか顔色が段々と悪くなってゆく。
傭兵という職業柄、知り合いや友人が突然いなくなるなど茶飯事だ。
しかし、それでも目の前でああも惨い死を繰り広げられては慣れも何もないだろう。
ヴィルックは一通り男からの話を聞くと突然頭を下げる。
「…この度は私の勧めた依頼により不幸を招いてしまい、大変申し訳ありませんでした。」
男は彼の謝罪に一瞬驚くも、すぐに首を横に振り手で制す。
「やめてくれ。元々傭兵なんざいつ死ぬかもわからねぇもんだ。今回だって十分に危険だと分かっていたのに、ゴブリンだとたかを括ってた俺らに責任がある…アンタが気負うことじゃねぇよ。」
そう言う男の表情には深い影が差していた。
ヴィルックはゆっくりと頭を上げる。
「…そう言っていただけると幸いです。」
俯いたままそう呟くヴィルック。
「では、もう一人の方にも話を聞かせていただきますので…失礼します。」
彼はそう言って最後に一礼すると男の横を抜け、背後の椅子に座っていたもう一人の生存者の下に向かおうと足を踏み出し———。
「———ハイネスさん、居るー!?」
バンッ、と勢いよく扉が開かれる。
同時に明るく溌剌とした声が木霊した。
その場にいた全員の視線が入ってきた者に注目するが、本人は気づいているのかいないのか周囲に目もくれず堂々と歩を進める。
「ヴィルックさんちょっといい?」
少女は目が合った職員———ヴィルックの方へと真っ直ぐ向かうとそう声を掛けた。
ヴィルックはいきなりの事に取り乱した様子も無く少女に取り合う。
「はい、如何なさいましたかアリア様?」
「仕事中ごめんね。ハイネスさん居るかな?」
「ハイネスさんですか?奥の部屋にいると思いますよ。呼んで参りましょうか?」
「ううん、このまま行かせて貰うよ。ありがとう。」
「いえいえ。」
和かな笑みで対応するヴィルック。
アリアは例を言うと彼の背後にある扉へと向かう。
「あっ、そういえば。」
すれ違う瞬間、彼が思い出したように声を上げる。
「どうしたの?」
アリアは不思議に思い振り向く。
「アリア様、また受付を通さずに森へ向かったと伺っているのですが…誠でしょうか?」
「あー、うん…ちょっと急いでたんだ。ごめんね。」
彼の質問に目を逸らしバツが悪そうに答えるアリア。
ヴィルックはその様子に呆れたようにため息を吐く。
「良いですか。確かに私を含む一同は貴女の一等級傭兵としての実力は存じ上げております。しかし何度も申し上げておりますように、規則は規則として守って頂かないと…万が一のことがあった時我々も責任を負い切れません。」
頼むからやめて欲しいと懇願する彼にアリアは眉を八の字にして困ったように笑う。
「んー…まあ善処するね!」
それだけ言って奥へと走り去ってしまう。
「え、いやあの…。」
ヴィルックが制止しようとするも時すでに遅し。
扉の向こうへと消えてしまった彼女へ伸ばした手が虚空を掴む。
「…」
一人その場に残されたヴィルックは額に手を遣り———
「はぁ…勘弁してくださいよ…。」
———そう、嘆くのだった。
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