運命の問い
「ほら、足元がガラ空きだ。」
「っ!———うわぁ!」
アルブレイズ家庭園。
普段は少女が一人、日が暮れるまで剣を振り汗を流しているそこには二つの影があった。
一つはまだ小柄な少女の影、アリア・アルブレイズのもの。
問題はもう一つの方だった。
「剣の鋭さといいフェイントといい、形はしっかりとできてるんだけどね。まだまだ体全体の動きがチグハグかな。」
「…お兄さんほんと強いね。」
「やわな鍛え方してないからね。」
尻餅をついたアリアを見下ろすのはこの国では珍しい完全な黒髪と黒目を持つ青年である。
「アインス」を名乗る彼はオーガを粉微塵にした後、礼と称してアリアに此処へと招待された。
彼は暫く考える仕草をすると、何か納得した様子でそれを了承。
そして現在、その強さを見込んでアリアに手合わせを申し込まれたという経緯である。
「どんな鍛え方したの?」
「えー…素手で岩砕いたりとか?」
「え?手も砕けちゃうんじゃないの?」
「出来るまでするんだよ。」
「へぇ、ワイルドだね。」
「その使い方合ってるかな…。」
普通素手で岩を砕くまで殴り続けるなど狂気の沙汰などと言われそうではあるが…どうやら彼女にとっては違うらしい。
流石勇者の家系である。
「アリア様、アインス様、そろそろ休憩なされては?」
「あ、ジーク。」
「さっきぶりですね。」
二人が話していると屋敷の方からジークがやって来る。
どうやらアリアの森での出来事についてグラムと話していたらしい。
彼は二人を近くにある休憩スペースへと案内する。
「こちら、お茶と菓子でございます、良ければ。」
「あ、ご丁寧にどうも。」
「ありがとう。」
ジークはアインス、アリアという順に茶菓子を提供すると思い出したように口を開く。
「それにしましても先程の試合、実に見事でしたなぁ。」
「うん、お兄さんすごく強いんだ!ボクを助けてくれた時も気づいたらオーガがバラバラになってたんだよ!」
ジークの言葉に中々ホラーな情景を思い起こしながら興奮したように反応するアリア。
「ほう、オーガを。確か様子がおかしかったとか…」
「そうだよ、妙に凶暴でね。それをどうやったのかはわからないけど、こう…パーンッ、ってね!」
彼女は目に見えて楽しそうにはしゃぎながら手を使って大袈裟にその時の再現をしようとする。
「それはそれは…とても私には真似できませんなぁ。」
彼女の姿を目に映しながらしみじみとした様子でそう呟くジーク。
そんな彼にアインスが反応する。
「そうかな?ジークさん、すごく強そうだけど。」
何でも無いようにそう言う彼にジークは少し驚いたように彼を見た。
「そうですかな?」
「まず体幹がしっかりしすぎてるよね。あと…多分メインは長物じゃない。」
「…これは驚きました。見ただけでそこまでお分かりになるとは。」
「まあこればっかりは体の造りもそうだけど、最初に会った時意識が胸に行ってたし…仕込みナイフでも取り出そうとしたのかなって。」
「…私もまだまだですな。」
ジークはそう言ってそこにある暗器の感触を確かめるように胸に手を当てた。
しかし反省の意を示す彼とは別に、アリアは衝撃を受けたように固まっていた。
「…お兄さんそんなことまで分かるの?」
「色んな人を見てきたからね。初見で相手の得物を見破るのは間合いを図る上でも重要だし、慣れれば簡単だよ。」
「…。」
それを聞いたアリアは感情の読み取れない表情でじっと彼を見詰める。
「な、何かな…?」
アインスはそんな彼女の様子に困惑する。
するとアリアは彼の目をまっすぐと見て口を開いた。
「お兄さんは何かなりたいものがあるの?」
「なりたいもの?」
アインスは首を傾げた。
「うん。だってそんなに強いんだし、何か目指してるものがあるんじゃないかなって思って。」
「なりたいものか…」
彼は腕を組んでうんうんと唸る。
「…もうなってるかも。」
「え、そうなの?」
思わずそう聞き返す。
「強いて言うなら『誰も勝てないくらい強くなる』っていうのが目標だったね。」
「へぇ…じゃあお兄さんは誰にも負けないくらい強いんだ。」
「自信を持って最強って言えるね。」
青年は仮にも王国最高戦力を保有するアルブレイズ家の跡継ぎを前にそう堂々と言い切る。
アリアはそんな彼を呆けたように見ていた。
そうしてフッと笑う。
「…凄いんだね、お兄さんは。」
そう言う彼女の瞳には、何処か諦めにも似た感情が見える。
「ボクにもあるよ。」
それに気がつくもアインスは構わず聞き返す。
「何になりたいんだい?」
「《勇者》だよ。お父様みたいな皆を救える英雄になりたいんだ。」
子供らしい夢を語りながらも何処か悟ったような表情でそう語るアリア。
「なれると思う?」
アリアは可愛らしく少し首を傾げながらそう尋ねる。
アインスはそんな彼女の問いに顎に手をやって天を仰ぐ。
そうしてパチリと目を開けると、そのまま彼女へ向けて言う。
「どうだろうね。」
「……え?」
一通り考え困ったように笑いながらそう答える彼に、アリアは呆気に取られたような顔になる。
「だって英雄は成るものじゃなくて気付けば成っているものだからね。」
「っ」
アインスの言葉に彼女の瞳が揺れる。
「きっと君が英雄になりたいと言えば周囲は持ち上げてくれるだろう。でもそうじゃないんでしょ?」
「…うん。」
町の人々はアリアの未来の英雄だと讃える。
それは彼女の美しい心を知ったからと言うこともあるだろう。
だが何よりも大きいのは彼女のその境遇にあるだろう。
もし彼女がごく平凡な平民の家に生まれていたら?
今のように町の人々と交流をしていたら?
きっと皆優しく接してくれるだろう。
温かい人間関係が築けるかもしれない。
だがそんな少女が『英雄になりたい』と言ったら?
誰もが思うだろう、『夢物語』だと。
「英雄っていうのは称号だ。周囲がその人の生き様に、残した偉業に感謝し尊敬し讃えることで自然と呼ばれるようになるものだ。」
だからこれは自分の力じゃない。
自分が残したものじゃない。
そんなもので生まれた英雄を呼ぶ皆が見えているのは、きっと自分じゃない。
「君は
「ボ、クは…。」
アインスは覗き込むようにして彼女と目を合わせ問う。
「君にとって人を救うことは、ただの手段・・なのかい?」
「ッ!———違うッ!」
ガタッ!と椅子を弾くようにして立ち上がるアリア。
しかし己の行いにハッとするとすぐに座り直そうとする。
「っ…ごめ———」
「———違うなら大丈夫だよ。いずれ皆は君のことを英雄と呼ぶさ、心の底から讃えてね。」
「…。」
詰め寄るような雰囲気とは打って変わって優しい声で彼はそう言う。
「…アインス様。」
「あっ…と、ごめんね!大人気無いことしちゃったね!」
問い詰めるような彼の行いをジークが横目で咎めるようにして見る。
アインスも熱くなりすぎたと謝罪した。
「…ううん。お兄さんのお陰で大切なことがわかった気がするよ。ありがとう。」
「うーん13歳に気を遣われるとは…」
「そんなんじゃないよ?」
「…ホントにごめんね。」
アリアにそう言われ余計に申し訳なくなったのか再度謝るアインス。
気にしてないと言うも頭を下げ続ける彼にアリアもアワアワと戸惑ってしまう。
「…もう、気にしてないのに。」
「大人気ない俺の自己満と思ってくれ…。」
そんなやりとりを暫く続けお互い納得すると、改めて向かい合い話を続けた。
「まあ何にしても、君の前にはその立場上これから幾つも試練とも呼べる壁が立ちはだかるだろう。」
「けどもし君が誰かを想いそれに真摯に立ち向かい続けることが出来たなら、きっと君の夢は知らぬ間に叶ってるよ。」
彼女の問いに対し、彼は最後にそう締めた。
「…そう、かな。」
「そうに決まってる、間違いない。俺が保証しよう。」
「お兄さんにそんなこと決めれるの?」
「もしかすると俺という存在が君に何かを選択させるかもしれないよ?」
「ふふっ…それ、ホントだったら何を選ぶか楽しみだな。」
彼の冗談めかした言葉にアリアは楽しそうに笑う。
「うん、でも、本当にありがとうね、お兄さん。」
そうして彼女は心の声が溢れたかのように呟く。
「…でもホントに、本当にそうなったなら———
———それって、運命みたいだね。」
まるで、本当にそうあれと思っているかのように。
◇
「じゃ、そろそろお暇しようかな。」
「え〜もう行っちゃうの?」
それから少し談笑をするとアインスがそんなことを言う。
「あんまり長いこと居座るのも迷惑だろう。貴族は忙しいって聞くよ?」
「全然大丈夫だよ?…あっ、そうだ!ボクの部屋来ない?」
「こらっ、仮にも勇者のご令嬢がそんな事易々と言うんじゃありません。」
ジークへと目配せしつつ節度を持ちなさいと叱りつけるように言うアインス。
ジークはその視線を受けてか、アリアの背後から声を掛けた。
「アリア様、アインス様にも予定がございます。そう無理を言って困らせてはなりませんぞ。」
「むぅ…まあそうだよね。」
アリアは彼の言葉を受け不承不承といった風に納得する。
それを確認したアインスはジークへ目を伏せ感謝の意を伝え席を立つ。
「それじゃあ、今日はありがとう。お茶とお菓子美味しかったよ。」
「ううん、こちらこそありがとう!」
「門までご案内致します。」
「ああ、よろしくお願いします。」
そういってジークと共にその場を去るアインス。
「ねぇ、お兄さん!」
そんな彼の背へ最後にアリアは声をかけた。
「ん、何?」
彼は立ち止まり振り返る。
不思議そうな顔で己を見返す彼に、アリアはどうしても聞きたかったことがあった。
「また…会えるかな?」
それはまるで次の逢瀬に期待する乙女のようでもあり、憧れに近づこうとする子供のようでもあった。
寂しさを感じさせる彼女の視線を受け、意表を突かれたように呆ける彼。
数秒、沈黙が流れる。
「ハハッ」
そうしてその頬を緩ませて答えた。
「ああ、絶対に会えるよ。」
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