第13話 別離
日が傾き始めた午後の町を、地図を見ながら歩く。目的地はさっきおじいさんに教えてもらった『大地の精霊』の祠だ。『ガァラ』はそんなに大きな町ではないから、徒歩でも行けるはず…と思ったんだけど。
「…ヤバい、日が暮れちゃうかな〜?」
元の世界で言う所の17時位だろうか。今はまだ明るいけど、暗くなるまであまり時間はない。土地勘のない初めての町だし、のんびりしてたら帰れなくなる気がする。
早く辿り着かないと…!せめて場所の確認だけでも!
「えっと…町の中央広場から北側にこう来たから…」
私は歩きながらキョロキョロと辺りを見廻した。おじいさんによると、多分この辺りに祠のある洞窟跡へ続く目印のような物がある筈だけど…
探しながらしばらく歩くと、視界の端に木々に隠れるように、ランタンが灯る石造りの門が見えた。私はその灯りに吸い寄せられるように、門の方に歩いて行った。
祠へ続く門は、積み上げられた石の角が取れて年季が入っているが、放置されている訳ではなくちゃんと定期的に手入れされている様に感じた。道には門と同じ材質の石畳が敷かれ、等間隔にランタンが置かれている。
少し暮れ始めた時間のせいか、薄暗い森の中へと続く道はランタンが灯っているとは言え、少し足がすくんだ。思わず引き返したくなる足を励ます様に努めて元気に言う。
「…も、もう少し先に行けるかな…チラッと!チラッと見たら戻ろう!」
私は今までにらめっこしてきた地図を畳みながら、後ろを振り返る。
「リオ…来ないな…」
地図を鞄にしまう動作の流れで無意識にブレスレットに触れた。その瞬間、音もなく手首からバラバラと零れ落ちる黒い雫。
「え…?」
黒い雫は石畳に跳ね返り散らばり転がっていく。
私はその一瞬の光景を脳が理解できず、ただ呆然と見ていた。
ブレスレットが壊れた。そう理解した私は全身の血が冷たくなるのを感じながら、落ちた黒い雫…モリオンのビーズに飛び付いていた。
「やだ…!なんで?!うそうそうそ…」
石畳に座り込み、必死に散らばったモリオンを拾い集めながらも脳内では「なんで?」という疑問符が飛び交って、焦りで指が震えた。
ビーズを一心不乱に拾い集めていたら、いつの間にか道を進んでいたらしく、気付いて顔を上げた時には目の前で洞窟が大きな口を開けていた。
「うっ……」
辺りは木々が茂っていて薄暗く、まるで『魔の森』の中のようだ。洞窟の中は暗く、その暗闇の先からは何とも言えない恐ろしさを感じる。
私は思わず後退りした。
(もういい、もう帰ろう)
そう思ったその時、黒いビーズが落ちているのを見つけて、間髪入れずにそれに飛びついた。
良かった、集めたビーズはコレで全部の筈だ。ホッとした気持で立ち上がる。
気付けば、そこは洞窟の中。瞬間、ざわりと何かが近付いた気配がした。
「…え」
視界が黒く覆われ、私の意識はそこで途絶えた。
一方、宿の小部屋では…
時間は少し前に遡る。千晶が宿を出たすぐ後。
「悪いが、少し見定めさせて貰おうかね」
床に横たえられた黒髪の男性、黒水晶の精霊リオは自由の利かない体のまま白い髭の老人を睨みつけた。不意を突かれたとは言え、ただの老人に押さえつけられ拘束される訳が無い。彼が、ただの老人ならば。
「…見定める?」
(どういう意味だ?この老人、まさか…)
リオに睨まれた老人は肩をすくめていたずらっぽく笑った。
「おぉ怖い。そんなに睨まなくともアンタには特に何もせんよ…ほれ」
彼がパチンと指を鳴らすと、リオの後ろ手の拘束が解けた。リオはその瞬間に素早く起き上がり、老人と距離を取る。その様子を見た老人はやれやれという感じに言った。
「…すぐに気付かれたら面白く無いからと、年甲斐もなく張り切り過ぎたかの?まぁ、この身体は借り物…元の持ち主の為にも、儂はアンタとやり合うつもりは無い。それだけはわかっとくれ」
「借り物?」
彼は再びロッキングチェアに腰掛けると、懐からパイプ煙草を取り出し火をつけた。白い煙がのぼる。
「あぁ、この爺さんは普通の人間さ。今はちぃと儂が借りとるがの。…まぁ、座りなさいな。」
老人は近くのソファに座るように促し、リオは警戒しつつそれに応じる。すぐにでも千晶を追いかけたいが、彼の目的がわからない以上目を離す訳にもいかない。リオを拘束出来るほどの力がある人物なのは確かだ。リオよりも力のある、何らかの存在…もしかしたら神に近いモノかもしれない。
老人は静かにリオに話しかける。皺だらけの指でリオの手を示して。
「手袋、外してみなさい。」
「!?」
その言葉にリオは驚くと同時に更に警戒を強めた。隠すように掌を強く握りしめる。老人はパイプを口から離しながら、静かにはっきりと言葉を続けた。
「…アンタは『精霊』なのにこの世界の理から外れとる。それ故、そろそろ実体化も出来なくなってきているんじゃないか?」
「……」
リオは表情に出さなかったが、心当たりがあった。まさかとは思っていたが、考えないようにしていた。あの夜気付いた指先の異変は、徐々に広がっていて今はもう指の第二関節辺りまで透け始めていた。
「…なぜ、それを…」
リオの呟くような声を聞くと、彼はにやりと笑った。
「わかるさ」
老人はふうー…と煙を燻らす。
「儂もアンタと同じモノだからね」
その言葉を受けて、リオはハッと息を呑む。
「では、あなたが『大地の精霊』…?」
「さて、どうじゃろうのぅ?」
老人は目を細めてリオを見つめる。こちらの反応を愉しんでいる様にもみえる余裕さに、リオは少し苛立ちと恐ろしさを覚えた。
「儂はそれに連なるもの。アンタを足止めする為に分けられた存在。…儂らはお嬢さんに用があるんじゃ。言っただろう?見定めさせてもらう、と…」
「…っ、チアキ様!」
リオは反射的に立ち上がり、宿の外へ向かおうとした。しかし、老人に背を向けた瞬間、彼の身体はガクリと床に倒れ込んだ。体に力が入らない。
「…な…?!」
老人はゆっくりと立ち上がり、リオのそばにしゃがみ込んだ。
「始まったようじゃの。…なに、お嬢さんの命を取ったりはせんよ」
老人は優しくリオの目元を手で覆った。するとまるで眠る様にリオの意識が落ちていく。
「…アキ…さま…」
ものの数十秒で完全に意識を手放したリオはその体を彼に預けるように眠りに落ちた。その様子を見ながら老人はボソリと呟いた。
「…じゃが、こっちが間に合うかどうかは、お嬢さん次第だが…」
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