第12話 黄昏に潜む
「はァァーーー…」
少し熱めのお湯に浸かり、ゆっくりと座る。温泉に入るとなぜか「あぁ~」とか「うぃ~」とか声が出ちゃうよね!年なのかな!
私は迫りくる抗えないもの(老化)に恐ろしさを感じつつ、お湯の中で体を伸ばした。
おじいさんは小さな宿を営んでいるらしく、私達はそこにお世話になることになった。温泉地の宿なので、もちろん源泉掛け流しの温泉がありまして、私はさっそくお風呂をいただく事にした。山登りでめっちゃ汗をかいたので、凄くありがたい。しかもお客は私達だけ!貸し切り状態!
「…まさかこんな形で温泉旅行ができるとは…」
元の世界での最後の日、私は友達と温泉旅行に行くために有給休暇の申請をした。結局、有給は却下された挙げ句、異世界に来てしまったからその計画は流れてしまった訳だけど。
「………」
大好きだった友達や家族とも、もう二度と会うことが出来ないのかと不意に考えてしまう。だけど、あの時リオに出会わなかったらきっと私は自分で命を絶っていた気がする。…生まれて初めて恋をすることもなかった。
「…リオ……」
間。
「って、何?!ヤバぁ私ボゴボゴボ」
無意識に呟いた名前にハッとした私は、自分の『恋する乙女』ムーブに恥ずかしくなり、そのままお湯の中に沈んでいくのだった…
貸し切り状態でホント良かった…!
気を取りなおし、しばらく温泉を堪能した私はホクホクした気持で宿の廊下を歩いていた。
おじいさんの宿は、『温泉宿』と言っても小規模で民宿の様な感じだ。源泉掛け流しの温泉以外は『月夜の黒猫亭』と同等かそれより少しこぢんまりしているように感じる。
「お嬢さん、温泉はどうだった?ゆっくりできたかい?」
リビング兼ロビーの様な広間でおじいさんが声をかけてきた。おじいさんは風通しのいい窓際でロッキングチェアに揺られている。
「おかげさまで、いいお湯でした!」
「そうかい」
私が笑って答えると、おじいさんは嬉しそうに笑いながらゆっくりと椅子から立ち上がる。そのままテーブルの上に置かれたピッチャーを手に取ると、中の果実水をコップに注いで私を手招きする。近くのソファに座るように促され、サッと果実水のコップを出された。
ピッチャーを氷か何かで冷やしていたのか、冷たい果実水が染みとおる様に美味しい。おじいさんは私のコップにおかわりの分を注ぎ足すと、またロッキングチェアに体を預けた。
「さっきは助かったよ、ありがとうお嬢さん」
「いいえ、お身体は大丈夫ですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。心配かけたね」
おじいさんは白い髭を撫でながらフフフと笑った。
「お嬢さん達は、ガァラに観光かい?それとも山に挑みに?」
「あ…そうですね、観光…かな」
本来の目的は『大地の精霊に会いに来た』だけど、正直に言っていいものか分からず私は曖昧に返事した。『山』はともかく『観光』も当たらずしも遠からずだし…
そもそも、大地の精霊ってなに?どこに居るの?
地元民的に大地の精霊が大切な守り神的なのだったら「守り神にちょっかいを出す余所者」みたいに思われる可能性もある。それはちょっと嫌だ。私は動揺を誤魔化す様に果実水に口をつけた。
「ふむ…なら、町外れの祠で『大地の精霊』に加護を祈ってみてはどうかな?儂のおすすめスポットじゃ」
「ゴッフ!ゲホゲホ…」
おじいさんから思いもかけない言葉が飛び出したせいで、私は果実水を吹き出した。
「い…今なんて?!」
私は慌てて自分達の客室に戻って勢いよく扉を開けた。
「リオ!…って、あれ?」
いない。
カップルだと思われたらしくツインの部屋を用意して貰った私達。体の具合が良くなさそうなおじいさんに「一人ずつの部屋に変えてくれ」とは言えず、仕方なく…仕方なく!同じ部屋で過ごす事にした。(大事な事なので2回いいました)
「あれ?温泉にでも行ったのかな…」
私が温泉に行く時は、心配して(?)「俺も一緒に行かなくて大丈夫ですか?」とか聞いて来たので「浴室は男女別だよ」と釘を差したら「ですよね…」と落胆していた彼。てっきり私が戻って来るのを部屋中歩き回りながら待っているかもと思ってたけど。
まぁ…そうだよね。リオにだって自由はあるんだし、別にさみしくなんか…
「…さみしい?いや、さみしくは無いよね?!」
私は急に出てきた不可思議な感情にセルフでツッコミを入れつつ、自分も出かける身支度を始めた。
おじいさんの話によると、町の外れにある古い炭鉱跡の洞窟に大地の精霊の祠を祀っていて、精霊の加護を授かりたい住民や冒険者がよく訪れているらしい。
なーんだ!案外簡単に見つかったじゃん!と早速そこに突撃しようとしたものの、なぜかリオは不在…。仕方なく私は一人で地図を片手に町に出ようとしている訳です。
身支度を整え玄関に着くと、再度おじいさんに出くわした。おじいさんは私の格好を見て目を丸くして尋ねる。
「おやおや、もうすぐ日が暮れるよお嬢さん。何処かにおでかけかい?」
「あ…あの、さっき教えてもらった『大地の精霊』の所に行ってみようかなって…」
「一人で?黒髪の彼はいないのかい?」
「リオは、何処かに出かけてるみたいで…」
でも確かに、黙って行ったら凄く心配するかもしれない。そう思った瞬間、ウィトの街での祭の夜を思い出した。はぐれた時の心細さと、その後にあったアレやコレが脳裏を駆け巡る。同時に顔の温度がグンと上がった。
「…お嬢さん?」
「へっ!?あ、なんでもないですよ!ハハハ!」
思い出し照れを笑って誤魔化すと、私はひとつ咳払いをしておじいさんに頼みごとをする。
「あの、リオが帰ってきたら私が祠に行った事を伝えてもらえませんか?」
「あぁ、いいとも」
おじいさんから快く引き受けて貰えて、少し安心した。私は自分の左手にあるブレスレットにそっと触れる。リオの事を思い出したお陰か、少し勇気が出た気がする。おじいさんに向かってペコっと頭を下げた。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけるんだよ」
おじいさんに見送られ、私は単身『大地の精霊』の祠を目指して町に向かうのだった。
「さて…」
見送った手を下ろし、腰の後ろに戻す。彼はスタスタとロビーを歩き、さっきまで座っていたロッキングチェアの後ろにある引き戸に手をかけた。スラリと開けられたそこは、特に何の変哲もないただの小部屋だった。薄暗い部屋にロビーからの西日が差し込み、中の様子がわかった。
「……」
誰かが倒れている。
均整の取れた身体つきに艷やかな黒髪。何処か見覚えのある男性。その人は無造作に床に横たえられ、抵抗出来ない様に後ろ手に拘束されている。
彼は白い髭を撫でながら、ゆっくりとしゃがみ込むと、今までの温和な様子からは考えられない様な冷たい声で言った。
「悪いが、少し見定めさせて貰おうかね」
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