E&E 〜エジソンとアインシュタインの転生者バディ、前世の知識を活かして異世界を救う〜

阿々 亜

第1話 エディ・トンプソン

『10, 9, 8, 7……』


 初夏の晴れた日、見通しのいい広い原っぱに少年たちのカウントダウンの声が響く。

『0』の声とともに、煙と爆音があたりに充満する。

 煙をかき分けて、全長1メートルほどの超小型ロケットが天に向かって飛び出していった。


 ロケットの勇姿を見送るのは、10歳前後の少年たちと一人の青年。

 青年の歳は20代後半くらい。

 赤いボサボサの髪で、暑苦しく重々しい黒いコートを着ていた。

 目元はロケット発射の光と煙を防ぐためか、黒塗りの四角いゴーグルで覆っている。


 青年と少年たちが見送るロケットは高く高く登っていく。

 青い空を駆け抜け、白い雲を突き抜け、そして……


 ……ぼんっと盛大に爆発した。


「爆発したね……」


 少年の一人がさしてがっかりした風でもなく、ぽつりと呟いた。


「爆発したな……」


 青年も特に落胆する風でもなく、ぽつりと返す。


「失敗だね……」


 別の少年が呟く。


「失敗だな……」


 青年は無感情に返す。


 青年は目を覆っていたゴーグルを額にずらした。

 そこにあるのは、彼を取り囲でいる少年たちと同じような、屈託のない瞳だった。

 この世界に溢れる理不尽など気にもとめない、自分にできないことなんかない……そんな風な目だった。


「さて、片すっか……」


 青年はいそいそとロケットの発射台を解体し始めた。


「エディー、いよいよ諦めるの?」


 少年の一人が問う。


「諦めねーよ」


 青年――エディは一点の迷いもなくそう答え、それに少年たちはぶーぶーと不満を漏らす。


「えーっ、まだ諦めないのー!?」

「もう諦めて次の発明作ってよー!!」

「そうだよー、もう何十回も失敗してるのにー」


 エディは一言「バーカ」と言って、解体した発射台の部品を、傍に停めていた自動車の後部座席に積み込んでいく。

 積み込みが終わり、後部座席の扉を閉めたあと、決め顔でこう言った。


「“失敗は成功の母”だ」


 そのセリフに少年たちはまたそれかーという顔をする。

 それは実験が失敗したときの彼の決まり文句で、少年たちはもう耳にタコだった。


 そんな少年たちの反応を一切気にすることなく、エディは運転席に乗り込んだ。

 馬車と自動車の間のような形で、20世紀初頭のフォード・モデルTを彷彿とさせるデザインだった。


「もう行っちゃうの?」


 少年の一人が残念そうに言う。


「ああ、そろそろ相棒の講義が終わる時間だからな」


 そう言って車のエンジンをかけようとしたところで、その少年が何か言いたげであることに気づいた。


「ん? どうした?」


「ねえ、エディ、これ作れないかな?」


 少年は手に持っていた画用紙を広げた。

 そこには、台所のシンクに大量の皿が積み上げられ、シンクの脇から機械の手が伸び、皿を次々に洗っていく様が、幼いタッチで描かれていた。


 エディはその絵が何を意味するの瞬時に理解した。


「これ……自動食器洗浄機か?」


「うち、お母さんがレストランやってるんだけど、毎日汚れた食器をたくさん洗わなくちゃいけなくて、僕も手伝ったりしてるんだけど、お母さんの手、荒れちゃってるんだ。だから、食器を自動で洗ってくれる機械があったら、お母さん楽になるかなって」


 エディは画用紙を手に取り、じっとその絵を睨んで何事か考え込んでいた。

 その様子に少年は不安を覚える。


「無理……かな……」


「難しいな……」


 エディの返答に少年はがっくりと肩を落とす。


「だが、不可能じゃない」


 エディはそう言ってニヤリと笑い、少年の表情がぱっと明るくなる。


「ほんと!? じゃあ、エディ作ってよ!!」


「いや、俺は作らない」


 エディはそう言って肩をすくめた。


「え、なんで!?」


「この機械はお前が作れ」


 エディは食器洗浄器のイメージ図を少年に返した。


「え、そんなの無理だよ!!」


「この機械は、お前とお前のお母さんに必要な物なんだろ?」


「うん……」


「だったら、できるよ。どれだけ時間がかかろうと、どれだけ努力を要しても……なぜなら……」


 エディは話ながら、再びゴーグルを目におろし、車のエンジンをかける。


「“必要は発明の母”だ」


 その言葉を残して、エディ・トンプソンは走り去っていた。




 異世界ジェミナス。

 元は魔法文明の世界であったが、四百年前から、科学文明の異世界から転生者が現れるようになった。

 その転生者たちから科学知識がもたらされるようになり、現在のジェミナスは科学と魔法の両方が発展した世界となった。

 ゆえに新たな転生者の出現は世界を左右する科学知識のブラックボックスであり、ときに国家間で奪い合いになっていた。


 そんな混沌とした世界。

 とある国の首都で、自らの発明を駆使し、厄介事を次々に解決している二人の転生者コンビがいた。

 二人の頭文字にちなんで、世間では二人のことをこう呼んだ。


『E&E』


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