獣性

ていぽん

第1話

俺の名前は眞篠優人(ましのゆうと)、どこにでもいる低所得な普通の人間の男だ。


フリーランスのイラストレーターをしており、たまに目に入ってくるイラスト制作の依頼を喜びに生きているが、最近は特に刺激も楽しみも無く、だらだらと無意味な日々を過ごしていた。


学歴としては、昔は中の下ぐらいだったかな。今は23歳で、学生の時の記憶はあまりない。黒をベースに毛先が黄色のツンツン頭。やたらと鋭い目付きに、希望のない黒く細い目。


この容姿のせいで、前まではよく道端のごろつきに目を付けられていたものだ。その度に、俺は根性が無かったので、近くの交番に逃げ込んでは、警察に助けてもらっていた。


我ながら実に滑稽だ。もう少し勇気と努力する力があれば、人間国宝にでもなれたのだろうか…


最近は生きる希望もきっかけも無いので自殺を考えていたんだが…どういう訳か、俺はまだ生きている。俺の手を取って、超高速で町を駆け抜けて行くこいつのせいで。


いきなり俺の家に押し掛けてきたと思えば、政府の人間に追われているため助けてくれと逃げ道の案内を頼まれる始末。


この頃は楽しいこともなく暇だったし、少しは付き合ってやっても良いか―


ドガンッ!!!!


なんだ、今の音は。


後ろを振り返り音の正体に気付き、俺は声をあげる、手榴弾だ。


「ったく政府のやつら、獣人を捕まえる為には何でもするのかよ!!?」猛スピードで走りながら俺は叫んだ。命の危険を感じることなんて今まで無かったのに…この獣人の子に着いてきたことに、俺は既に後悔してきていた。


「いつまで走らせんだっ…もう体力持たねぇぞ!」愚痴をこぼす俺に獣人の子は言う。


「生き残りたいんだったら情報をくれよ!この辺の抜け道とか隠し通路とか…知ってんだったら早く教えてくれ!」


なんてやつだ!俺はこんなに必死なのに何を言ってるんだ。この辺の抜け道…確かにこの獣人の子は先程から真っ直ぐ走り続けているだけで曲がろうともしない、本当に道が分からないんだな。


「分かったよ!こう見えて俺もガキの頃は沢山町を探検したんだ、抜け道の一つや二つぐらい…」


「良いから早く道を教えろ!!」

「分かったって!!」


生意気な獣人だなこいつ…助けてやるってのになんだってこんな態度…


ズガガガガガ!!


後ろから聞こえる銃声で我に帰る。


必死に抜け道を探す俺を獣人の子は急かしている。どっかにあったよなこの商店街の抜け道…昔の記憶を思い出せ!俺!


「あっ、あの通路!」目立たない通路を俺は指差す。必死に思い出した抜け道は随分と狭く、俺とこの子が果たして通れるだろうか…


「よし、行くぞ!」

「えっ」


獣人の子は俺の手をより一層強く引き、その通路に突っ込む、痛い、建物の壁や捨ててあるゴミにばんばん体が当たる。


「お前っ、もっとゆっくり―」

「黙って走れ!舌噛むぞ!」


狭い路地裏を走っていく内に光が見えた。

が、―――


「待てぇぇええ!!!」


追手は撒けていなかった。


なんなんあいつらしぶと過ぎん!!?必死に走っているが、もうそろそろ体力が尽きそうだ。


「もうちょっと頑張れっ、ここ抜けたら多分あいつらも諦ら め  うわっ!!」


ドスンっっ


二人して工事中の用水路に落ちる、

ケツめっちゃ痛ぇ


「いってて、ちゃんと前見て走れって!」

「シッ…」


獣人の子は手で俺を遮り静かにさせる。


………静かだ、どうやら追手は撒けたみたいだ。

安心して俺達二人は力を抜く。


「はぁ~疲れたー、お前が道を教えてくれたおかげだよ、ありがとな!」


疲れてるとは思えない元気な笑顔に俺は圧倒される。


「そういや名前って言ったっけ?俺は獅子國、見ての通り獣人なんだ」


獅子國、そう名乗る獣人の子はスタイルが異常によく、人間の俺でも何故か興奮してきてしまう。

身体中に生えたもふもふの毛、犬のような形をした尻尾、耳、鼻。動物がそのまま二足で立って、骨格が人間ぽくなった感じだろうか。


数ある特徴の中でも、俺が特に気になったのは眉毛の上に生えた赤い2本の角。左右対称になっており、やたらとバランスが良いな。でもなんだろう、どこか、生き物としての防衛本能が働くほどの怖さがある。


この子は、一体何者だ…?


「いやー助かったぜぇ、ホントにありがとな!お前にしか頼め無かったんだよー」


「俺にしか?なんでだ?」

ふと浮かんだ疑問に、獅子國はすぐに答える。


「お前の家の周り、"獣人避け"が無かっただろ?だから、もしかしたら手を貸してくれるかもって」


なるほど、そういうことか。獣人避けとは、動物全般が嫌いなニンニクやたまねぎの匂いを凝集した、いわば猫避けの万能バージョンみたいなものだ。


俺の家の周りにはそれを置いていない、特に獣人を避ける理由もないからな。


「…んで、お前の名前は?」


ぼーっとしている俺に獅子國が話しかけてくる。


「あぁ、俺は優人、眞篠優人だ」

「ゆうとかぁ…良い名前だな!」


さっきまで座り込んでいた獅子國は元気に立ち上がって言う。


「お前とは、仲良くなれそうだよっ!!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る