新鋭艦隊のポンコツ旗艦の提督と戦乙女たち
ディープタイピング
第1部 赴任編
第1話 進発
「提督。全艦、
「了解。ではこれより、木星軌道に向け進発する。全艦、全速前進」
「はっ! 全艦に下令! 全速前進!」
機関音が高鳴る。しかし、いつもの機関音ではない。少し甲高い音を、この新鋭艦の機関は響かせる。
通常であれば、高度4万メートルまで垂直上昇、その後、全力運転で大気圏を離脱するというのが発進時の
従来艦では不可能なことを、この艦は可能とする。理由は単純、この艦が最新鋭の重力子エンジンを搭載しているからだ。
従来の3倍以上の出力を持つ新鋭艦は現在、300隻が建造済み。その300隻、1小艦隊を指揮する役目を、准将になったばかりの僕が行うことになった。
僕の名は、ヤブミ・カズキ。
「第3宇宙速度突破! さらに加速!」
「前進いっぱい! ヨーソロー!」
艦長と航海長の復唱が続く。西暦2489年8月1日。ついに我が第8艦隊は初の正式運用の日を迎える。折しもこの8月1日とは、僕の苗字の漢字書きである
ちょうど真下には、ニホン列島が見える。その中央部にある故郷もはっきりと見える。上空に雲ひとつない、今ごろは快晴だろう。
だが果たして、僕がここに戻れるのはいつの日だろうか……いや、もしかするともう、戻れないかもしれないな。
待て待て、そんな先の話よりもまず、目の前の任務をこなそう。僕は気を取り直し、前方を見る。
闇の深淵に向けて突き進むこの艦の機関音が鳴り響く。このまま順調に加速が続くと良いのだが……一瞬、僕の脳裏に不安がよぎる。
多分、これはいけなかったのだろう。フラグを立ててしまったようだ。突然、事態は急変する。
突然、艦内が揺れたかと思うと、ゴゴゴゴッという低い音に混じり、フォーンという妙な唸り音が響き渡る。
『機関室より艦橋! 炉内温度、急速上昇! 右機関、出力低下!』
「なんだと!?」
『このままでは
機関室からの報告を受けて、艦長の表情が険しくなる。ああ……やはりダメか。最新鋭艦が、聞いて呆れる。ここ数度の試験航海でもそうだったが、一度たりともこの船は、真っ当に運用できた試しがない。
徐々に速力は低下する。僚艦について行けず、遅れ始める我が駆逐艦0001号艦。だがすぐに、この船の「切り札」が動き出す。
『どけどけぇっ!』
スピーカー越しに、威勢の良い声が響く。機関室のモニターに現れたのは、一人の女性。ただし彼女は、軍属ではない。
『おい機関長! 水だ、水を出せ!』
彼女がこう言い出すのを待っていたかのように、消火用ホースが既に向けられている。その先端から、勢いよく水が吹き出す。
その先には、あのワンピース嬢がいる。そのまま放水に吹き飛ばされるかと思いきや、その水を両手で受け止めると、その水を
彼女はその手の上で、受け止めた流水を徐々に大きな水玉へと変える。彼女の背丈の3倍ほどまでに膨らんだその水玉を抱えたまま、彼女は叫ぶ。
『おい、そこどけっ!!』
そして彼女は空中に抱えたその水玉を持ち上げると、右機関前方にある重力子エンジンの側面に向けてそれを押し付ける。
オーバーヒートし、赤熱した右機関の重力子エンジンに接したその水の塊は、その熱に触れて猛烈な湯気をあげる。モニター越しにも、その凄まじい光景が伝わってくる。監視カメラが蒸気で覆われて、何も見えなくなる。
どうなったのか?心配する僕に応えるように、再び叫び声が聞こえる。
『おう、終わりだ!』
同時に、機関長からも報告がくる。
『冷却成功! 機関、正常!』
炉内温度が下がり、再び出力を取り戻したこの船の機関は順調に加速を続ける。モニターを見ると、あの蒸気が消えて、機関室内が映し出されている。先ほど巨大な水玉を抱えていた彼女と機関長ら機関室内の乗員達が、ハイタッチしている様子が映し出されている。
「少し、席を外します。何かあれば、艦内放送で呼び出して下さい」
「はっ、了解です、閣下!」
艦長からの敬礼を受けつつ、僕は艦橋を出る。そして通路を進み、エレベーターに乗り込み、ある階で降りる。
その階には、艦橋以外で窓のある展望室と呼ばれる場所がある。
その部屋の前で立っていると、1人の人物が現れる。場違い感甚だしいゴシックなワンピース姿のこの人物、全身はびしょ濡れで、タオルで顔を拭いながら、僕の後ろで立ち止まる。
「よぉ、カズキ。なんだおめえ、艦橋はいいのか?」
「ああ、レティシア。今は指揮官の出番はない。だから、ここにきた」
「そうか。ならいいが」
僕が応えると、うちわでパタパタと顔面を煽ぎながら、そばにあった椅子に腰掛ける。
それを見計らうように、僕は持っていた缶飲料を持ち、そしてそれを彼女の頬に当てる。
「ひやぁぁぁっ!」
汗だくの顔に突如当てられた冷たい物体に驚き、声を上げるレティシア。それを奪い取るように掴むと、僕に向かって抗議してくる。
「おい! 何しやがるんだ!」
「何って、暑そうだったからさ。」
「バカヤロウッ! だからって、いきなり冷たい飲み物を当ててくる奴があるか!」
相変わらず、気が短いな。こいつはいつもそうだ、いちいち尖った反応が返ってくる。
だが、そんな彼女に僕はいきなり、背後から抱きついた。
「ふわぁぁぁっ! な、何しやがる!」
「いやあ、レティシアは相変わらず可愛いなぁと思ってさ」
「お前、馬鹿かっ! こんなところを他の奴に見られたら、どうするんだ!?」
「僕は別に構わないよ。何を今さら、気にすることなんてあるんだよ」
「い、いやあ、俺は構うんだよ! 俺は今、ひと仕事終えたばかりで、全身ずぶ濡れなんだぞ! 何考えてやがる!」
いつも面白い反応をするものだ。この狭い展望室で、缶を片手に暴れるレティシア。だが、僕には分かっている。こいつは口で言うほど嫌がってはいない。
彼女の名は、ヤブミ・レティシア。
ただの民間人ではない。母親譲りの能力を持つ、二等魔女と呼ばれる魔女だ。
魔女が存在する星、
その怪力系二等魔女の中でも、彼女は水の扱いに長けており、それゆえにこの新鋭艦の「切り札」として乗艦している。
そして彼女はつい半年前に、僕の妻となったばかりだ。
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