第7話 狂王の祈り

「聞こう」


「えーっと……王都の戦災孤児に教育の機会と最低限の食事の提供をしていただきたく……」


「戦災孤児? それはなんだ?」


「はい。内戦で家族や財産を亡くした者、内戦時の諸々で家を失った子供など、王都には戦災孤児というものがいまして」


 そういえば、戦争で親を亡くしたものがどうなるのか、考えたことも無かった。

 影武者ではあるが、元々はファイアストン家の人間。貧しくとも貴族のはしくれだ。

 平民は何をしているのか、知らなかった。


「その者らは、どのように暮らしているのだ?」


「陛下の想像もつかぬ暮らしです。食事の無い日が当たり前で、残飯があれば宝。普段は蛙などを拾って食べています」


「蛙は食べられるのか?」


「食べることはできますが、あまり食いでのあるものではありませんし、推奨できません」


「その者らは、何故働かぬのだ?」


 王、あの狂王は時折言っていた。働かない者ほど食べ物を求めると。


「まともに商売をしている者であれば、今日の食べ物もない人間を雇いませんよ」


 ではどうやって……。

 はたと気付いた。シドはモッティと同じことを私に……いや、王である余に問うておるのだ。


 犯罪に手を染め、国に不満を持つ者を、この先、どうしていくのかと。

 モッティの答えは、まとめて始末するというものだった。シドの周りに不満を持つ者を集め、言いがかりをつけて反乱軍とするか、シドを先に始末することで、ヴィマルら元義勇兵や貴族の元私兵らを焦らせ、準備不足のまま蜂起させ、それを鎮圧。


 悪くないシナリオだった。その為の軍とは別の警備組織を持つ必要があった。モッティが警察を作った理由の一つだ。


 一方、シドの答えは……


「まずは彼らに機会を与えてください」


 行く場所の無いものらに、食事と、知識を与える。

 なるほど、これが最低限の健康と、文化だと言いいたいのか。


 特に今回は王国の内乱、特に王族同士の戦いに国民を巻き込んだ。その責任を果たすには、余が王のうちにしかできぬこと。無論、余の喧嘩ではないが、あの狂王が改心したと見られるか、それともいよいよ本気で狂ったと思われるか。


 やってみる価値はありそうだ。


「早速、軍務尚書……いや、今は内務尚書補佐だったか。兄に伝えてみよう」


「ありがたいことです」


「他には?」


「はい、王宮内の書庫にある本を全て製本させてください。宮廷日誌や書簡も本にいたします」


「構わぬが……そうか、手本を作るのだな」


「ご明察です」


 王宮書庫には古今東西の書物がある。

 全て書記が写本したものだが、これが、シドの用意した印刷所で本となるのなら、よき原本となろう。

 それで手紙の書き方や、言葉の使い方を学ぶのであれば、これは確かに、新たな文化を産むやもしれぬ。


 影武者時代に、王宮内の本を全て読めることは、唯一の救いだった。同じように救われるものがいるかもしれぬ。


 余が本物の王であれば、王家の権威を保つために、そのようなものは一切許さなかっただろう。せめて、本を読める人物を制限したに違いない。


 構うもんか。全て明るみにしてやろう。


「使っていない教会をひとつお与えください。そこに本を修め、誰でも一日中本を読める場所とします。簡単な飲み物も無料で出しましょう。そして一人、ひとつの机。冬は暖房を程よく利かせ、夏は冷却魔法陣を使い、過ごしやすい空間になるはずです」


「よかろう」


 影武者ゆえの気楽さだ。

 私の王族への復讐でもある。せいぜい恥を掻くがいい。それくらいくだらない文書も混じっている。歴代の王の全てが立派だったわけではないのだ。


 思わず、笑みがこぼれた。


 それに自分で驚いた。


 今の笑いは、本当の笑いだった。影武者の演技ではない。王の影武者をしてから、本当に笑ったのは、いつぶりか。


 新しい時代に自分が参加できるというのが、これほどまでに喜ばしいとは。

自然と、自分の体が軽やかになるのを感じた。


「で、その場所は、名をなんとつける? 教会のままではまずかろう」


「そうですね。異世界では図書館と呼ばれていましたが……これは私の好みですが、一旦は漫喫と呼んでよろしいですか?」


「マンキツ」


「……失礼しました。陛下の発音ですと、どうも異世界の下ネタのようにも聞こえますので、やはり異世界に習って図書館にいたしましょう」


 トショカン。少し発音し辛いが、よかろう。

 孤児院が王の贖罪なら、この巨大な書庫は民衆への王からの謝礼となるだろう。


「並行して、立憲君主制の整備をして参りましょう」


「よろしく頼む。この国を導いてくれ」


「ははは。そんな大それたこと、私には無理です。せいぜい、背中を蹴飛ばすくらいのことです。それでもよろしければ」


 謙遜しているつもりか。

 いま、お前がしていることすべてが、この国の民を導く光なのだ。


「ああ、そうだ。陛下、よろしければ、陛下御自身のことをお書きください」


「うむ。それは構わぬが、それも本にするつもりか。余のことを書いたところで面白いことなど書けぬぞ」


「いやいや、これほど面白い本はないですよ。きっと後世の歴史家たちが驚愕するでしょう」


 ……驚愕?


「まて。アルディラ王ではなく、まさか、影武者としての私のことか?」


 シドは満面の笑みを浮かべて頷いた。


「そういうのに、民衆はいつか飢えるはずですから、いい刺激になります」


 ……これが、本になって、多くの人の目に晒されると思うと、人前で堂々と振る舞う訓練を受け続けた私ですら、手が竦む。


 なんと、人に文章で事実を告げるとは、気恥ずかしく、また恐ろしい。これが永遠に残るやもしれぬと思えば、緊張のあまり、何を伝えるべき文なのか、その伝え方の拙さ加減に我ながら辟易もする。


 しかし、遠い未来、私のような王がいたことを、おとぎ話のように聞く子供たちが出てくるだろう。


 そして誓おう。


 余は、残りの人生の全てをアルディラの発展のために、捧げることを。


 その評価は、いずれ歴史の中で下されることだろう。

 どうか、この文章を読んでいるものは、最後のアルディラ王が実は影武者だったと知っても、我々が本当にアルディラの未来を信じ、尽くしたことは信じてもらいたい。


 余の死後二百年したら、この日記を書籍化することを許可しよう。


 この本を手にした人が、平和な世界で、最低限でも図書館まで出向けるほどには健康で、文字が読めるくらいに文化的で、そして過去から知恵を得られるくらいに賢いことを祈ります。



(「アルディラ王手記集 ~最後の王~」より)


★★★ 作者より ★★★


いつもお読みいただきありがとうございます!

明日で最終話になりますが、明日のみ、コンテストの都合で11:00更新となります。

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