第3話 自分の利用価値
一方でモッティの考えていた形式は、王が政治に参画し、王の最終決断が優先される形だそうだ。シドの見てきた世界では、既にそのような形式の政府はなく、その代わりに、王を四年に一度変える制度があるらしい。それを民衆が選ぶのだと。これにより、その国の王は血族ではない者が選ばれるのだそうだ。
「もしかしたら、私よりもずっと前の時代から来たのかもしれません。私も歴史の授業で習った程度ですが、かなり大きな地震がカントウという場所で起きています。それかな」
最早、モッティ本人に確認する方法もない。
ただ、シドとモッティは互いのしていること、目指すことを理解している節がある。特にモッティはシドのことを理解していた様子がある。余の知る限りでも数度、「あのシドという男は、どの時代から来たのだ」と呟いていたのを覚えている。
どこからや、どんな異世界とは言わず、「どの時代」と言っていたのは、シドのいた異世界が、自分の知っている異世界よりも進んでいる様子を嗅ぎ取ったのであろう。
モッティもシドが異世界からの転移者であることを知っている。シドはモッティが転移者であることを最近知ったそうだ。モッティが転移者であることは、余は知っていたが、宮廷ではほとんど誰も知らぬことだった。兄ですらだ。
だが、シドの言う通り、時代が違うのであろう。
シドがより未来の異世界から来たのであれば、モッティの持つ知識よりも最新の知識になるはずだ。モッティからすれば、自分の存在意義に関わる事態だったのではないか。
シドにはそれが分からないのだろう。
元々、シドはこの世界から異世界に行き、そして戻ってきた転移者だ。
この世界は故郷であり、自分の居場所だ。
だが、モッティは異世界生まれだ。シドさえいなければ、自分の知識が最新になるというのに、この男の存在があるだけで、自分の価値が下がる。
それどころか、自分の施策、自分の時代や知識の未来を相手が知っているというのは、恐怖すら感じたはずだ。
シドはそんな思考をしたことすら無いのであろう。
この身とて王の影武者でなければ、そんな考え方とは無縁のまま、兄と共に、何も考えずに戦場を駆けていたはずだ。
だが、影武者となった今は分かる。
とある人物が生きている限り、自分は一生活躍することはないのだ。
そのことが、どれほど痛いか、どれほど人生を空虚にするかを。
しかも英雄的な王ではなく、神託と称し無闇に戦を起こし、国民を混乱に落とし、自分は逃げ出すという王だ。狂王の名が相応しい王。
私は、その狂王の影武者だ。
実際、王が死んで、誰よりも喜んだのは私だったに違いない。この数十年間、王の真似をすることだけを求められ、王のために、王よりも王らしく、王族の作法や振る舞いを知り尽くした男になったこの身だ。
もしも王が死ななければ、そのまま、何の利用価値もない人生だ。
それは恐怖でもあった。何のために生まれてきたのか。何もなさずに死ぬだけか。
この狂った人生から、逃れる方法は、唯一、王の死だった。
モッティにとって、このアルディラで自分の地位を高めるには、シドの死が必要に感じたように、私はその時、王の死を望んだ。
王のふりをして、王都から逃げ出した「影武者の始末」をコルネット市の行政官のスターシーカー子爵に行わせた。
影武者の分際で王を名乗る痴れ者として本物の王を誅したのだ。
その結果、スターシーカーは、自身の部下でもあったライトヒルによって、すぐさま処刑された。スターシーカーにとっては、何が起こったのか分からなかったか、それとも私のことを本物の王と信じてのことだったのか。
……もしかしたら、嘘だろうが本当だろうが、狂王を殺さねばならないと義憤にかられてのことだったのか。
モッティも当時はスターシーカーの部下であり、後方で王軍の兵站の管理をしていた。私を最後まで真の王と思っていたのか、影武者だと知っていたのかは分からない。少なくともシドに分かったくらいだ。モッティにも分かっていただろう。
内戦が終わり、内務尚書として出世したモッティは、コルネット市の事件を一言も言わずに、余に仕えた。余がモッティに問うこともない。
当然兄はすぐに気が付いた。が、軍務尚書として振る舞った。兄が私を弟として迎えたことは、一度もない。二人きりの時ですら、兄は私をを王として扱った。
兄が私をどう思っているのか、想像するだに恐ろしかった。
──戻れない。
私は、とうに戻る場所を失っていたのだ。
王さえいなくなれば……。だがそれは、単に影武者の死でしかないのだ。
唯一の肉親と一緒に過ごすことも、我が家に帰ることも、逃げ出すことも許されない。結局、エリマクシア・ファイアストンとしての自分は、とうの昔に死んでいたのだ。
ならば、することは一つ。この命の最後まで王として振る舞うことだけだ。
私が影武者だと知っているのはごく僅かだった。いや、影武者であることを弾劾して、その座から引きずり下ろし、王政を終了させる権力を持ったものは、ほぼ一人だけだった。
そして私は血が繋がっているだけの兄を殺しかねない勅令に署名したのだ。
直ちに銀嶺山荘に立て籠もる賊を討ち果たせと。
余が王として生きるには、それしかなかったのだ。
後世、あの事件は、モッティにその責が負わされることだろう。実際、その計画を描いたのはモッティであり、私は、いや余はモッティの用意した勅令にサインをしただけだ。
それでも、余の心がどこかで安堵したことは事実だ。
モッティが描く、その立憲君主制とは余との契約だろう。
余に一定の権力を持たせることで、余を共犯者にしたかったのではないか。余を王として留める代わりに、自身の政敵となりえる人物の殺害の許可を出せと。
結果、成り行きとはいえ、この男シド・スワロウテイルが宮廷に出入りし、余の側近として仕えることは、想定外のことながら、愉快でもあった。この人生が思い通りにならないのは重々承知しているが、この男と話す苦痛すら、愉快と感じられるようになった。
勅令については、モッティが全てを焼き払い、銀嶺山の件で自分と結びつく全てのものを焼却した。その後、シドが真っ先にあらゆる文書を探したが、宮廷が今回の件に絡んでいたとする証拠は出ずという結論に至った。
お蔭で私はいまだに兄に謝ることができない。
この身を罰してもらうことも許されなかった。
「申し訳ないですが、貴方には王として、振る舞っていただくことになりそうです」
シドの言葉は、飄々としていたが、死刑宣告に等しい。
いや、私の魂は何度も殺されたのだ。兄と半分しか血のつながらない兄弟、父の寂しそうな顔、王の罵る姿、何度も何度も殺された。
今更、死刑宣告が一つ増えたところで、気にすることも無い。
「何をすればよいのかな?」
「まずは、尊大に振る舞っていただけますでしょうか。あの王のように」
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