第2話 法のもとに

 結局、銀嶺山のあの騒動は、政変のきっかけとなった。


 モッティが仕組んだ証拠も挙がらず、疑われるだけで終わったが、それだけで十分だった。疑われたモッティは、その翌日には行方知れずとなった。


 前もって準備をしていたのであろう。

 用意周到なことだ。

 余を残して、逃げる算段だけは整えてから、事を起こすとは、彼らしい。


  今回の混乱の責任を取るため、軍務尚書もその職を辞し、余の元を去ろうとしたが内務尚書と軍務尚書を同時に失う訳にはいかず、軍務尚書は空位とし、代わりに内務省補助官という肩書で、残務処理に当たらせることとなった。


 昔から兄は形式にこだわる男であったが、ここでもそれは発揮された。


 一方、軍務に関しては、暫定的に空位としたが、シド・スワロウテイルが執行補助として一時的にその任に当たったが


「何かあった時に指揮を執るだけでしたら」


 という彼の条件に極力沿う形となった。

 引退したにも関わらず、このような形で政務に就かせることは忍びないと思ったが、本人は至って平気の様子だ。


「おちおち休んでもいられない」


 と精力的に働いてくれている。

 何かあった時のために、結局、日頃から働くのだろう。この男は自分が楽をするために最大限の努力を惜しまない稀有なタイプだ。


 それに見合った給金を払うことに決めると、より精力的に軍の整備を始めた。

 お金をもらうということはそれだけ責任が発生するということらしく、ちゃんと仕事をしないと落ち着かなくなるとボヤいた。


 そう言えば、山荘の消失について、国で保証させるか尋ねたところ


「いやいや、そんな保証をされたら、『俺も、俺も』と自分の家を焼く者が現れかねない」

 と、固辞された。


 愉快なことを言う男だ。

 きっとシドは兄と気が合うのだろう。兄は、こういう異端が案外好きだ。モッティのことも、心の底では、それほど悪く思っていなかったのではないか。


 シドは、軍務が安定し、お金が貯まったら、今度はもっと南方に住むのだそうだ。

兄がまた拗ねそうなことを言う。


 一度、銀嶺山に未練はないか尋ねたが「あそこに庭を作ったのですが、それを気に入ってくれる方がいて……あれと同じものが再現できるかわかりません。それが心残りです」と言う。


 用兵だけでなく、作庭の才能もあるとは。見た目は冴えないが、天は才能を一人の男に集中させたらしい。


 いや……才を与えられたのではない。


 これが転移者ならではということなのだろう。今や、シドが転移者であることを信じざるを得ない。

 世間話ついでに、モッティに恨まれる記憶はあるか聞いたが「ない」と即答された。


「恐らくですが、望月さん……いや、モッティも異世界、いや日本から来たというのであれば、私をサイゴーサンの立ち位置にしたがっていたのかと思います。ああ、そういう人がいたんです」


 モチヅキというのが、モッティの本当の名前だろうと、シドは言う。

 シドはモッティの執務室で、残された資料やメモを紐解き、彼が何をしようとしていたかを特定した。


 モッティが最も避けたかったのは、国内に複数の軍事勢力を持つことだったらしい。


 シドの創設した国軍のみを残し、国家に不満を持つ傭兵や貴族の私兵をシドの元に集め、国軍によって鎮圧するシナリオを想定していたらしい。


 なるほど。それが成功していれば、二度と歯向かう勢力は国内にはいなくなるだろう。どうやら、たいした政治家だったらしい。


 何故その中心人物にシドを据えるのかについては、余も思い当たるが、シド本人は全く気付いていない。


 その最後の内戦後は、貴族や軍務ではなく、政治の専門家による統治を目指したらしい。

 モッティはモッティで、アレなりの平和な世界を目指していたのかもしれない。


「多分、外観的には立憲君主制を想定していたと思います」


 その想定される政治体系の元では、余には「統治権」が与えられる予定だったらしい。余が任命した者に余は統治権の貸与を行い、最終的には余の許可で行政がなされる形らしい。


 迂遠な制度だ。

 結局、法の下に王が存在するらしい。

 王は法の手続きに従って、行政に参加しないといけない形式を検討していたそうだ。


 それが「秩序」と言う足枷なのだそうだ。


 それでも神官がいなくなり、神託制度がなくなっただけでもマシか。


「ですが、モッティが、王権を残した立憲君主制を敷こうとするのが腑に落ちませんなぁ。モッティはあなたを真の王と思っていたと言うことですかな」


 シドが首を捻っていた。

 シドが言うには異世界でも、いくつかその立憲君主制の国があったらしい。

 だが、モッティが想定していたのとは違い、もっと実権がない。

 王は政府に干渉することができないそうだ。


「君臨すれども統治せず」


 というものらしい。何ら権限を与えられないという。

 それは随分、奇妙に聞こえたが、シドが言うには、その国にとっての落としどころだったそうだ。


 なるほど。モッティは私に最終的な決断権限を与え、政治体制の中に組み込もうとしていた。シドの言う体制とは確かに違う制度だった。

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