第七話 教育
「この延長線には、『学校制度』が存在します。五歳以上の平民の子供たちに教育を施します」
「何人いると思っているんだ?」
バカバカしい。貴族の子弟を集めた幼年学校ですら、数十人もいるというのに。
「すぐにはできないでしょう。ですが、旧貴族の子息らが学んだ文字や礼儀を教え、平民にその文化を根付かせる事業としてなら、国家がお金を出せるかもしれません」
「貴族がそんなことを」
と言って、気付いた。こいつ、旧貴族と言ったか。
「お前……」
「そうです。貴族制は廃止です。貴族は食べていくために、喜んで教師になるでしょう。その時には空洞化する軍のために国軍を作っておきました」
じろりと、睨んだ。
シドではない。ミフネフォールドのほうだ。
王が影武者であることをミフネフォールドには話してはいまい。我が国が王政を終えるつもりであることも。
ミフネフォールドは気配を察したのか、こちらをチラリと見るが、
「それは、アルディラにも相当難しいのでは?」
と呑気に尋ねてきた。
「ええ。条件が整わないと難しいでしょうね」
シドが代わりに答えるが、こいつ。事情を知っているくせに。
要するにシドの考える条件は整いつつあるということだ。王政を廃止する正当な理由も、血筋だけの貴族たちを弱体化させる意味も。
「国家の基本は、平民たちの学力や生産力になります。その勢いを支えるために、貴族は彼らに文字を教える教師となることでしょう。そうすることで彼らには威厳も残りますからね。生涯『先生』と呼ばれ、生徒からお金をもらう仕組みができ上がります」
ほうほうと、ミフネフォールドはメモをする。
「学を得た平民たちは、必ず、そのうち、その学を試したい、またはもっと多くのことを知りたいと思うようになります。人によっては、他の国に渡って見聞を広めたいと考える者も現れるでしょう」
「では、国民流出を防ぐ国境警備が必要になるか」
シドは私の意見に首を横に振った。
「いえ。国家それぞれの魅力を打ち出すだけでいいのです。そうすれば、他の国から、こちらの国に住みたいという者が現れ、この国の居心地が悪いと感じるものは、他の国へ移動していきます」
都合の良い思想だが、プラスマイナスで平衡させればいいのか。となれば、国力が人口に比例することを考えれば、人が住みやすい場所になることが、国力差になっていく。
ふむ。少し私にも読めてきた。
国力が圧倒的な国に、誰も攻め込もうとは考えない。
むしろ、学びに来る、若しくは学びに行く対象となるだろう。
魅力的な国ほど発展し、より強国になる。その上で各地の文化の良いところが交じり合い、悪い部分が滅ぶ。
より文化を高めるために、国民の意識が高まる上に、外交も感情的ではなくなり、非常に打算と理屈に裏打ちされるに違いない。
文化の戦争。その中心には「学問」か。
悪くない話だ。何よりも死者が出ることがない。
確かに現在の内務尚書のモッティにしろ、自分にしろ、国家の中枢に存在するものは「学んだもの」だ。学があるものが、要職に就く。
無敵の強さを誇るが、戦場での自身の経験しか持っていないヴィマルが軍の中枢に入れないのと同様だ。
いや、それだけではない。学ばない貴族らが、先の内戦でどれほど無様だったか。
そもそも貴族が独占する地位や役職は、血筋で預かるものではない。
自分の身をもって、それは理解できている。
私は我が子に軍務尚書の地位を譲ることはない。
自分と同じように学んで経験を積んだものが手に入れる地位だ。でなければ、国家が弱体化していくだろう。
そして学んだ者たちが、未来を選択することに賭けようというのか。
「なるほどな。少し分かった気がする」
「私もです。時間はかかるでしょうが」
「ありがとうございます。原理は簡単ですし、既に紙の文化はこの地に存在しますので、後は大量に知識の元となる本さえ増えてくれればよろしいかと」
「いずれ、我々がこうして未来をシド様に伝授されたことも、本として残したいですね」
シドが恥ずかしそうに笑った。
「私が考えたことなら誇らしいのですが、私は異世界で見た世界を再現したいだけです。あっと、そうだ。世界の中心に学問を据えるのはいいことですが、学問の習得だけで地位を与えるのはよろしくないです。特にその才能を、問題を解かせて正解かどうかで判断する方法は、国家を疲弊させてしまいますので、ご注意ください」
「それは何故だ?」
「学歴社会という問題を引き起こします。まあ、何を学んだかよりも、どこで学んだかとか、誰に学んだかを問われる歪な社会です。それは小さなころから学問……いや、あれは、『正解のある問題を解く』世界しか知らない人々が現れます。この世界の全てを本にしたとしても、この社会で新たに起こる問題やその正解は、本には載っていません。なので、どんどん国家がやせ細る原因になってしまうようです。異世界でも問題になっていました」
「なかなか難しいのぅ」
「解決策はあります。答えが知らない世界でも、学ぶことで、『知らない世界を進む力』にはなるようです。つまり、学びの本質さえ間違えなければいいのです」
そもそも学ぶとはそういうことではないのか?
シドがみた世界で起こったことは想像するのが難しい。
しかし、確かに愚民が混じれば、学問を自分が有利に生き延びる手段に使おうとする輩も出てくるかもしれぬ。
人は、どこかで必ず短絡的に物事を解決しようと考えるものだ。
「肝に銘じておきます。ランドンには聖職者も多いので、経典の書き写しをこれでできるようになれば、便利になることでしょうし」
「聖経典の
「聖職者が怒るかもしれませんがね」
そう言って二人は笑う。
そもそも、この二人は神を信じていないのだろう。
かくいう私も、神に、いや神官に国の未来を委ねる気はさらさらない。王が狂王となったのも、元はと言えば「神託」が原因だ。
「お話し中、失礼いたします」
部屋に女が入ってきた。マリとか言う、ランドンの娘だ。
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