第五話 文化

 シドがミフネフォールドを部屋に招き入れた。


「では、今宵は、ゆっくりと話をお聞きいただきたい。ランドン国にもアルディラ国にも重要な話になります。今後の戦争の話です」


 ……ちょっと待て。何故、ランドンにも伝えなくてはならないのだ?

 ここで戦いの話はまずい。


「シド」


「ああ、大丈夫ですよ」


 何も大丈夫ではない。


「ランドンを巻き込んでこその新しい戦争です」


「巻き込む?」


「ええ、この話はランドン国にも聞いていただきます」


「おい、軍事同盟は……」


 小声で囁き、首を横に振る。

 この場は友好的な会談にしたいが、両国間で何も約束はしたくない。


「いえいえ、ランドンとアルディラは戦うことになります」


「いや、シド殿。それはさすがに」


 ミフネフォールドも心配な顔をし始めた。ミフネフォールドもシドの話をまだ聞かされてはいないだろう。


「大丈夫。誰も死なない戦いです」


「……どういう意味だ? さっきからお前の考えていることがわからん」


「その前に、ミフネフォールド卿。どうぞ、どうぞ。そんなところに立ってないで、こちらへ」


 シドはそのホリゴタツと呼ばれる机にミフネフォールドを座らせた。


「これは? いったい、どういう」


「……そのくだりはもうやったので、素直に我らの真似をして入っていただけますかね?」


 ミフネフォールドが、見様見真似で布団の中に足をいれる。


「おお、暖かい。これは、なかなか良きものですな」


「どうぞ、この柑橘を」


「ありがたし」


「これはホリゴタツと呼ばれるものです。机に布団をかぶせ、床を抜き、温熱魔法陣を描いています」


「ほほう。それで温かいのですね」


「ランドンにこのようなものがありますか?」


「いや、ランドンどころか、他の国もないでしょう。さすがはアルディラ。進んでらっしゃいますな」


「いや、これはアルディラのものでは……」


 ミフネフォールドの世辞を受け入れられない。事実、これはアルディラのものではない。

 シドが変わって説明を始めた。


「こいつは、私が昔いた国で使われたものです。そこでは、高度な文明が発達しており、民は常に戦争ではない形で戦っています」


「どういうことですか? 戦争ではない形で戦うとは?」


「文化の戦いをしているのです」


「文化の戦い?」


「私のいた国では、主に漫画というものを軸にしています。その国で考えついた物語を国外に売り出し、その先進性で戦っていました。漫画とは絵で物語を伝えるものです」


「物語で戦を?」


「はい、片や、四千年の歴史や、食事の美味さで戦う国もあります」


「食事……が戦いとは、兵糧攻めのことか?」


「いえ。食事を文化として世に広めるのです。他にも歌や舞台で魅了しようとする国もあります」


「魅了……。シド様、つまりそれは、敵意を失わせるということですかな?」


「うーん、そうとも違いますね。文化を認め合い、張り合うことで、文化の自慢をしながら、他の国を巻き込んで、競い合うのです。人の本性は失われません。ですが、血が流れなければ、この戦いは、健全な『競争』とされます。それこそが、次の戦争です。ランドンとアルディラには、この先、文化の戦いをして、互いを向上させていき、競争仲間となるのです」


 文化の戦い……。

 確かにアルディラは周辺国が陸路でつながっており、互いの文化の影響を受けている。特に織物などは、柄は南部のレイナの影響を受け、服地は北部のシルバーランドの影響を受けている。


 しかし、互いの文化を競わせ、それに優劣をつけるなどということが可能だろうか?


「何をもって『勝利』とすればいいのだ?」


「そうですよ。みな、結局、自国の物が良いとなるだけではないでしょうか?」


 そこはミフネフォールドと同意見だ。


「ところが、そうはなりません。それぞれの良き部分を見つけ、それを大切にし始めます。そして職人同士が交流し、また学者が新しい文化を紹介しあうことで、きっと他国を真似ようとするものが出ます。そこまで辛抱するのです」


「もしかしたら、かなり息の長い話をされていますか?」


 ミフネフォールドの指摘にシドがニヤニヤと笑い出した。


「我らの人生の中では完成を見ないかもしれません。ですが、必ず他国の文化に影響を受け、それを真似、もっといいものを作ろうとするものが現れます。必ず、です」


 思わず、ミフネフォールドと目を合わせてしまった。

 それくらいにシドは「今」を見ていない。遠い未来の話をしているようだった。

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