第6話 袒裼裸裎

 その頃には、既にアズライールの使い手は山荘を辞しており、いま、あの山荘には、少女とかの方しかいないはずです。


 私は潜水しながら、そのことばかり考えていました。


 かの方たちが危ない、と。


 川を泳いで下流まで流され、サラマンダーの養殖池の辺りでようやく岸にたどり着きました。私をあそこまで追い詰め、引き離した理由は、かの方の命を狙うために違いありません。


 私は濡れた服を脱ぎ、そのまま丸太小屋の屋根から、中に侵入しました。はい、事前にこっそりとルートを作っておきました。


 もう季節が初冬でしたが、私は寒さは感じません。

 我々はそういう訓練を受けています。


 屋根からの侵入口なので全裸にならざるを得ません。濡れた服の水滴を床にこぼせば、それで相手に位置を気取られますから。それに、招かれたわけでもないのに、家に勝手に入るのです。しずくで部屋を汚せば無礼にあたるのではないかと、その時の私は真面目に考えていたのです。


 その後のことを考えれば、どうでもよい気遣いだったかもしれません。


 驚いたことに相手も天井裏から侵入してきたのです。


 アサシン同士、考えることは同じです。

 屋根裏で相手が一瞬笑ったように思いました。


 私たちは闇の天井裏、梁を盾にしながら、互いに投げ得物で戦い合い、時折短剣で接近戦を試みました。投げ得物です。


 それは、はい、全裸であっても女はクナイを隠す程度の場所はあります。

 例えば……ほら、このように。


 ええ、髪の中や耳飾りなどと言う形で、隠しています。全て武器です。

 それはどこの国でも同じことでしょう。


 ……? なんですか? 他?

 いえ……。主に髪です。人よっては口の中に針金を隠すものもいます。脱獄用に。


 ……他?

 ……と、仰いますと?


 ……。

 では、話を続けても?


 そのうち、家の中に、少女が戻ってきましたが、我々には気付いていないようです。少女は家事を始めました。


 特段服を着てなくても不利ではありません。むしろ、神経が研ぎ澄まされます。

 闇の中で戦いが始まりました。


 勝負はなかなかつきません。

 この眼下の少女だけでも守らねば、シド様に誤解を与えかねない。


 何度目かに音もなく剣を突き合わせた時、急に相手の力が消えました。


 相手は魔法も使えるようでした。幻影と戦わされていたのです。

 このままだと少女が狙われます。

 私は夢中で梁から飛び降り、少女の前に姿を現し、それを狙う相手と部屋の中で戦いました。


「だ、だれっ?」

「味方だ!」


 私は少女を背にして、戦い続けました。

 最早相手も隠れようとはせず、少女を狙い始めました。


 認めざるを得ません。相手の実力は私をはるかに上回っていました。天井も壁も、相手にとっては踏み台でしかありません。

 思いもかけない方向から攻撃されました。

 暗殺者としてはかなり高度な技術の持ち主です。見たことも聞いたこともない技量の持ち主です。

 少女を守りながらでは、相手の剣を避けるのが精一杯でした。


 不意に、外でザバザバと水音がし始めました。

 恐らくシド様が水の張ってある樽に体を沈めた音でしょう。あれが始まるとしばらく戻ってこないことは、この数日の観察で理解しています。


 はい。水の樽に入る風習が……え。アレも、この国の風習ではないのですか?


 ……いえ、私の国にもそんなバカな風習はないです。季節はもうすぐ冬ですよ?

ただ西エルフと、かの方は、頻繁に入っていました……。

 風変り?

 いえ、恐らくかの方には何か考えがあったのでしょう。


「師匠! 賊です!」


 少女が叫びましたが、逆効果です。

 舌打ちをしました。


 この場に武器もなくシド様が入ってくれば、あっという間にこの男に斬られる。そう思いました。私が賊からシド様を守ろうとすれば、その隙に、この少女がやられるでしょう。そして、見ず知らずの私を、もし賊と勘違いでもされたら、私はシド様とも戦わなくてはなりません。


 裏口と賊、私とその後ろに少女。一直線です。


 シド様はこの裏口から入ってくるでしょう。


 私を警戒しながらも、賊は裏口に背を向けたままですが、扉が開けば無防備なシドに一撃を仕掛けるはずです。


 私は、悟りました。

 私はここで命を失うために生きてきたのだろうと。

 この方々を守るためには、自分から罠を仕掛けないといけません。


 裏口が開く気配を感じた瞬間、私は賊に背を向け、少女を突き飛ばしました。自ら隙を作り、敵の注意を引き付けることにしました。


 その躊躇の瞬間に、仕掛けようとしましたが、相手の剣のほうが早かったです。背中に一筋の痛みを感じました。しかし同時に、一瞬、その背中に焼けるほどの熱を感じました。


「レイ! 大丈夫かっ?」


 部屋には肉が焦げる匂いが残っていました。


 何が起こったのか、私は分かりませんでした。

 振り返ると賊はもういなくなり、裏口に、かの方が立っていました。


 謎の熱を感じて壁を見ると、一本の飾られた長剣が真っ赤に、まるで今、たたらから取り出されたように、赤々と輝いていました。


「えっ? だだ、誰っ? え、だ、誰? は、裸でっ? は、裸? なんで、裸なの? なにっ? て、敵っ? 敵なのっ?」


 かの方は私を見て驚き、躊躇しました。


 丸腰と思われ、判断に迷ったのかもしれません。裸、裸と何度も言われました。


 私は起き上がろうとして失敗しました。傷が深かったのと、思っていたより体力を消耗してしまったようでした。


 その私の体に覆いかぶさって、少女がシド様を制しました。


「師匠! ダメです! この方は……多分、味方です! ……多分!」

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