第2話 生死を問わずって言われたの
そうは言ってもね。
あ。旗の話ね。そう簡単に信じるわけにはいかないのよね。
ギルドの情報が間違っているかどうか、慎重に確かめないといけないわ。
あたしは川を渡り、相手から死角になるように山小屋に近づいていったの。
途中に池があって、ちらっとのぞいてみたけど、サラマンダーの養殖をしていたみたい。
うん。山賊って、あんまり何かの養殖をするイメージないわよね。
まあ、そこで気付くべきだったかもとは、思ったけどね。
その周りにも、人の手で何かを作った痕跡があったし、確かに山賊にしては「荒らしている」というより「耕している」って感じはしたわ。
エルフの勘。
でも小屋に上がる道を、私の愛弓『アズライール』を片手に、慎重に上がっていったの。慎重さは、生き延びるうえで最も重要なことよ。
あなたにアズライールのことを教えたっけ?
三種類の矢が出せる魔法の弓。矢をつがえなくてもいいの。長距離で相手を仕留める「赤い矢」、三連弾の「青い矢」、相手を追いかけ続ける「白い矢」のあれよ。
季節はもう秋の半ば。この山の中にいると、もう冬なんじゃないかってくらい寒かったわ。背の高い枯れ草に隠れながら、慎重に近づくことにしたわ。
なにかあれば、アズライールが、青の矢の雨を降らすつもりで警戒していったのよ。
相手は二人。山賊が二人っておかしいよね? 十人くらいは覚悟していたのに。
「ねぇ、ホントにシドなの?」
面倒になって声をかけたら、
「ほら! やっぱり、エレノアだ!」
ってシドの声がしたの。聞き覚えのある声。懐かしかったわ。
って、向こうも、こっちがあたしなのか、半信半疑だったということね。
「ちょっと、何よ! あんた、山賊、始めたのぉ?」
もう笑いが出ちゃったわ。
ようやく、坂を上がって小屋が見えてくると、丸太小屋と薪置き場が、青い矢だらけ。
「あ……」
自分でやったこととはいえ、ここまで壮絶に矢だらけにして、よく怪我しなかったなと感心したわよ。
小さな小屋の陰に男が隠れていて、丸太小屋に子供が隠れているなって思っていたけど、一応、正確に狙っていたんだけどね。小屋がハリネズミみたいになっていたわ。
「ひどいな。久しぶりだというのに」
「山賊にしてはやるなと思ったけど、まさかシドだったとはね」
「赤い矢が飛んできたときから、エレノアかなとは思ったけど、君の弓がここまで怖いとはね」
まだ物陰に隠れながらシドが話してくる。あはは。完全に怯えた猫だわ。
「エレノア、すまないが、それ以上近づくなら、アズライールを下に置いてくれ」
「失礼ね。撃たないわよ。でも、まあ、いいわ。わかった、わかった。はい、これでいい?」
アズライールを地面において、両手を上げる。
「ありがとう。エレノア、久しぶりだな」
ようやく物陰からシドが出てきたわ。まだ目が怯えているけど。
「シドも。元気だった? あら、あんまり顔色がよくないけど……」
「うん、実はさっき、殺されそうになるまでは元気に山暮らしをしていたよ」
食べていない。……ってわけではなさそうねぇ。
「レイ、出てきていいよ。この人は私の古い友人だ」
「レイ?」
丸太小屋の扉がそぉっと開いて、おずおずと可愛い女の子が顔を出した。完全に怯えきっちゃってて、失礼しちゃうわねって思ったけど、まあ、麦畑みたいに、青い矢が地面から生えている状況で、その矢を撃った張本人が出てきたら、そりゃ怯えるわね。
「はじめまして。私はエレノア・フロストバイト。エルフの冒険者よ。あなたは?」
「は、はじめまして。レイ・スターシーカーです。師匠のお友達ですか?」
スターシーカーと言う名前、どっかで聞いたことが。
それより、シドのことを師匠って呼んだ?
「師匠?」
「別に何も教えてないんだが、ずっと師匠と呼ぶんだ。なかなか頼りになる子だよ」
「いえ、師匠は師匠ですから」
どうも、弟子入り志願者らしい子なんだけど、シドが一体、何を教えられるのかしら? シドの弓術はあたしより下手。魔法は一部の魔法陣しか使いこなせない。剣術と槍術はまあまあってところよね。人間にしては上手い方だけど……山暮らしには役に立たないわ。
ああ、料理とか?
確かにシドの料理は上手だからね。冒険中に何回も食べさせてもらったけど絶品ね。ただ、いちいち「異世界の料理で」とか嘘っぽい蘊蓄を言い出すのはよくない癖だったけど。
「で、エレノアは今、何をしているんだ?」
「あたし? 今はソロよ。一緒にパーティ組む人、いなくなっちゃって」
「ああ、分かる気がするよ」
「どういう意味よ?」
「……エレノアのハイレベルな冒険についていける奴はいないだろ?」
嬉しいことを言うようになったわね。
「で、これは何の騒ぎだい? 小屋周り、矢だらけなんだが」
「あ、これ? んーっと、ギルドの仕事? あはは。えっと……あなたのこと、殺しに来たの」
その時の微妙な空気をなんていえばいいのかしら?
「殺す?」
「あはっ。そうなのよー」
「師……匠をですか?」
「もう、ほんと、びっくりでしょ?」
再び沈黙が流れて、嫌な感じになったわ。
三人とも、半笑いのまま、凍り付いちゃってさ。
あたし、魔法とか精霊とか得意じゃないけど、絶対に、変な精霊が通っていったなぁってことくらい、わかるわよ。
「殺しに……来た?」
「うん。まあ……ね♪」
三度も襲ってきた沈黙の後、耐えきれなくなってあたしが笑い出すと、シドもレイって子も耐えきれないように笑い出したわ。もう、なんかおかしくて、おかしくて。
涙が出てきちゃうくらいに三人で笑ってさ。シドなんかヒーヒー言い出しちゃって。
「いや、待って、待って。うん。これだけ攻撃されたんだから、そうかもなって思ったけどさ。えー? 久々に会いに来て、『殺しに来たの』とか、何? え、そんなカジュアルな感じで、殺されるの? エレノアの中で私はどういうポジションなんだ?」
「あ、違うのよ。あなたと知っていたら、依頼を断っていたわよ。ギルドに依頼が来ているのよ。『銀嶺山の山賊の排除。生死を問わず』って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます