第9話 文化の違い

「いいだろ? レイにはもっともっと、手伝ってもらわないとね。どんなに疲れても露天風呂に入ると、疲れが吹っ飛ぶと、僕の養父がよく言ってたよ」


 そう言えば、体の痛みが少し和らいでいる。

 湯の中にいると体がぽかぽかと温まり、徐々に疲れが取れてくる気がするのが不思議なくらいだ。


「作りましょう。……師匠の……てんご……」


 急な眠気が襲ってきた。


 喋っている最中に何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 ただ、遠くで「レイっ! レイっ!」と叫ぶ師匠の声と、ザバンザバンと湯の中を駆け寄ってくる音が聞こえてきた。


「大丈夫か!」


 気付くと、湯から抱き上げられていた。鼻から入った水に体が驚いて咳込んでいた。


 どうやら、風呂の中に沈んでいたらしい。


「すまん、すまん。初めての風呂でのぼせたな」


 のぼせる。


 湯の中で体温が高まることで意識を失うことを指すらしい。


 体の小さな私は、湯の中に沈んで溺れかかっていたようだ。空腹の影響もあったことだろう。師匠が気付かなければ、この国で初めて湯の中で死んだ例になったことだろう。


 師匠は私を助け起こすと湯から上げ、脱ぎ捨てた服を枕にして、私を石畳の上に横にし、そして、私の体を二度見してから、師匠は大声を上げた。


「えええぇぇぇぇぇっ?」


 静かな山に師匠の叫び声が響いた。

 まどろむ意識の中で師匠を見上げると、師匠が背中を向けていた。

 さぁっと秋風が火照った体を冷まして通り過ぎた。


「……どうしました?」

「あ、あのさ。レ、レイって、……あれ? えーっと……女の子なの?」


 あれ?

 そういえば、一度も言ってなかったっけ?

 なんか、力仕事をするときに変だなとは思ったが、どうも出会ってからの数日、私を少年だと思って過ごしていたらしい。


 だが、だとしても、何を困っているのか?

 師匠は明らかに困惑していた上に、要領を得なかった。


「あ。いやさ。た、確かに、この世界では、別に異性の裸を見るのは、恥ずかしいことじゃないってのは知っているけどさ。いやぁ、ちょっと……急すぎて、衝撃でさ」


 師匠の話によると、師匠が過ごした異世界では、異性の裸は見てはいけないものだったらしい。


 それは人前で裸になるのは、法で禁止するほどだったという。


 随分と不思議な世界だ。

 家の中にまで風呂があるというのに、裸は見てはいけないとは、かなり理不尽だ。

 服を着て風呂に入っていたのだろうか?


「さすがに思春期を、そんな場所で過ごしたから、ちょっと価値観が……。なんていうか、体に刷り込まれるって、ほんと凄いよね」

「別に、体なんか、誰もそんなに変わらないですし、盗まれるものでもないですけど」


 そうは言うけどさ。と、師匠は私に大きな布をかけた。


「いや、ホント、ごめんね。……ちがうな。こっちの価値観だと謝るのもおかしいか。まあ、なんだ、子供だし、いいかな。……いや、余計に良くなかったんじゃなかったかな? 確か、子供の体を見るのはもっとよくないと聞いたことがある」


 その後、服を着た私を師匠は背負ってくれた。


「私は別に裸見られても、困りません」

「ん。ああ。ありがとう」


 これに対して礼を言うのもおかしいんだよなぁと、師匠は笑った。


 師匠が私に最初に見せてくれた『異世界創造』は、この屋外の風呂だった。

 この先、様々なものを師匠は作ってくれた。シド・スワロウテイルが本当に異世界を旅した帰還者なのか、その真相は不明だ。

 私がその異世界を見たわけではない。それに師匠の記憶もいい加減で、本当にそうなのか信じがたい話もいくつかあった。


 だが、師匠の元にその後、様々な人が訪れ、新しい知恵を授かり、また師匠との交流を楽しんだのは確かだ。


 私が国に関われるほどの才幹を鍛えられたのも、全て師、シド・スワロウテイルのお蔭である。


  ◇


 そう言えば、その数日後、山荘をエルフの弓使いが襲い、窮地に陥ったことがある。


 あれは、いつだったか?

 確か、風呂ができた後。次の『異世界』の品を作っていた最中だったように思う。私たちは天国に近づくために、色々な品を作っていた。


 朝、夜が明けきらぬ頃から、再び薪割りをしていた我々を、一本の矢が襲った。

 そしてその方角を見上げると、驚くほどの多数の矢が襲い掛かってきていた。


 それが、シドの旧友にして『最後の西エルフ』、エレノア・フロストバイトとの出会いだった。

 エレノアの名は、最近では有名な喜劇の主人公の名前にもなっているから、知っている人も多いかもしれない。


 その名を知らないとしても、かの魔弓『アズライール』は多くの人が知っているに違いない。


 その使い手「西エルフのエレノア」とは実在するエルフだ。


 エレノアは、ふらりと立ち寄っては困った人々を助ける義賊でもありながら、英雄たちとの交遊も多い冒険者だ。


 そのエルフが何故、我々を襲うことになるのか、その顛末は──



(『レイ・スターシーカー自伝』 第三章 「わが師」より)



★★★ 作者より ★★★


作者です!

本作は過去の電撃大賞で三次選考まで進んだ作品の蔵出しです。

もう直さない!


でも改めてカクヨムに転載すると、「ああ、まだまだだな」って思うところありますね。


本作は以前、「引退冒険者の異世界創造」というタイトルでカクヨムに途中まで書いていましたが、PVに対して☆率があまりにも良かったので、公募用に作り直したものです。読者の皆さまの評価通り、割と審査でも好評でした。


本作はスローライフDIY系の作品ですが、テーマを「文化」に持っていき、構成を「この時代の後世の書籍や史料から抜粋したもの」という形式を使った短編連作というかなり変化球な構成方法を取っています。


この先も、主人公、シド・スワロウテイルの視点で書かれていませんが、結果的に様々な人物の視点からシド・スワロウテイルを知っていく構成となっており、視点が変わることで、人物への見方が変わるという面白さは、芥川の「藪の中」を目指していたかもしれません。


是非、お楽しみください。

毎日、16時に1話ずつ更新します。

コメント欄は閉じていますが、近況ノートで交流しておりますので、お気軽に~


近況ノートはコチラ!

https://kakuyomu.jp/users/kuronosu13/news/16818093080928345455


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