『オオダコ祭り』に関する報告書

清見こうじ

『オオダコ祭り』に関する報告書

「はあ、『調査対象にはどうも見逃せない不思議な』『夏』の事象、ですか?」


 夏の盛りの暑さを忘れたような快適な空間に出勤した早々、上司からお呼び出し。

 開口一番『特別任務よ!』と叫ばれて、私は帰りたくなった。

 が、帰るわけには行かない。

 

 通達に従い上司が見つけた『夏』に関する『どうも見逃せない不思議な』事象の説明を待つ、と。


「そうそう、それでピンときたのがね……」


 ふふん、と鼻で笑いながら上司が差し出してきた1枚のチラシ。


「はあ、『蔵剣くらけんまち・夏の【オオダコ祭り】、ですか?」

「ノンノン、それは『くらつるぎ』町って読むのよ」

「はあ、それでその『蔵剣くらつるぎまち・夏の【オオダコ祭り】が、いったい?」


 夏といえば祭りだし、どんなに無名な田舎町にも、祭りくらいはあるだろう。

 町おこしの一環として、突飛な名前をつけることもあるだろうし、もしかしたら由緒ある祭りかもしれない。

 確かに閉鎖的な田舎で密かに伝承される祭りの中には、陰惨な因習に満ちた、一歩間違えばホラーな展開が待っているのはわりとお約束だ。


 だがチラシの、豆絞りにハッピ姿の、ゲソ焼きやたこ焼きを持ってニコニコしてる真っ赤なタコからは、そんな気配は微塵も感じない。


 いや、タコが、明らかにたこ焼き持って食べろと勧めてくるのは、実はよく考えたらホラーかもしれないが。


 まあ、食料がなければ自分の足を食べる生物だからな。食われるのに抵抗はないのかもしれないが。


「蔵剣町は、キミのように『くらけん』って誤読されるのを逆手に取って、夏祭りを『オオダコ祭り』にしたらしいわ。『クラーケン』をもじってね」


「はあ、なるほど」


 確かにクラーケンはイカ説もタコ説もあるが、巨大な多足軟体動物であるとされているので『オオダコ』の解釈もアリでは、ある。


「では、わりと近年からの祭りというわけですか?」

「ええ。蔵剣町自体、例の『大合併』でできた新しい町なのよ。小さな村が合併して、でも市には届かず町止まり」


「はあ、で、町おこしに、新しい『祭り』を企画して、宣伝してると……で、それがどうかしたんですか?」

「もう! よく考えて! 大有りよ! この蔵剣町がどこにあるのか」


 そう言われても読み方も知らなかった町である。

 などと反抗しても、どうせ『使えないわね、このおバカ』とキレられるだけなので、黙って町の名前で検索する。


「なるほど。ここは……」


「分かった? ここでどうして『オオダコ』なのか、気になるでしょう? さっさと行ってきなさいっ! 証拠として、巨大ゲソ焼きとジャンボたこ焼きを提出する事!」



********


 祭りの開始が今日から3日間だった。


 朝1番に指令され、可能な限り高速の交通手段である新幹線を用いて、それでも到着したのは夕方だった。


 いくらなんでも遠すぎるだろ。


 まあ、夏祭りの開始時間にはちょうどよい頃合いではある。


 上司の言う「巨大ゲソ焼き」と「ジャンボたこ焼き」をゲットすべく、私は夏祭り会場に赴く。


 思ったよりも気温は高くない。


 標高が高くて、私の勤めるオフィスの所在地よりも平均気温が5℃は低い土地である。


 新幹線の停車駅があるのが不思議な程の、山の中。


 正直駅前に駐車場しかなくてビックリした。


「かろうじて、最終便に乗れるかなぁ……なんとか、今日中に帰らないと」


 もちろん調査なんてここでするつもりはない。


 そもそも、現地調査の必要性は感じてない。


 ただ単に、ゲソ焼きとたこ焼きが食べたかっただけなのだ、上司が。


「一応、材料くらいは確認しておくか……」


 保冷技術も運搬経路も充実した現代、例え山の中だろうと新鮮な海産物は手に入る。


 山奥の田舎町だろうとそれは例外ではない。

 だいだい、新幹線の駅がある程度には拓けているのだから。


 ああ、田舎田舎と連呼しているが、私だって田舎町出身だ。


 都会の波に揉まれて、かなり洗練されているから、誤解されるかもしれないが。


「『オオダコ祭り』特製ゲソ焼きとたこ焼きは、こちらですよ~」


 売り込みの声に導かれるまま、私は屋台に向かい、少しだけ行列に並んで、それらをゲットした。


 切り株みたいな厚い輪切りゲソは炭火で香ばしく焼き上がり、テラテラとほんのり焦げた正油が食欲をそそる。


 テニスボールほどもあるホカホカのたこ焼きは、ふわふわ踊るかつお節にソースが絡んで、ほんのりまぶされた青海苔の礒香が鼻をくすぐる。


 やはり焼き立ては焼き立てに食すのがジャスティス!


 ちょっと舌を火傷したが、食欲の赴くまま喉を通りすぎた祭りの主役達は、余熱を残して胃に落ちていく。

 大きいのもまたよし。


「はあ、うまぁ~」


 満足してから、慌てて店員のちょっと尖った感じの兄さんに、「このタコって、どこのヤツですか?」と聞いた。


「は? タコはタコだよ!」


「いや、産地とか種類とか……」


「そんなん聞いてどうすんだよ?」


「いや、あの、……美味しかったから」


「あ……そか、それは、サンキューな」


 ちょっと頬を赤らめて照れる兄さん。


 わりと素直でイイヤツ?


「ま、じゃ、秘密だけどな……これはオオダコ様からのお恵みなんだよ。年に1度だけ、夏祭りの時にタダで貰えるんだ。だから、他では食べられないんだよ」


 秘密というわりには、あっさり話してくれた。


「オオダコ、様?」


「ああ、町おこしのためにって、身を削って町に尽くしてくれる、偉い方だよ。昔は海の方に住んでいたんだけど、こっちに移り住んできたのさ」


 ……なるほど。町に貢献する『オオダコ』氏という金持ちか何かが、私財を投じて材料を提供してくれているというわけか。

 

 移住してきた町が気にいったのだろうか。


 それで住民と共に町おこしに貢献。


 いい話じゃないか。


「その『オオダコ』様には会えますか?」


「恥ずかしがりやで、めったに出てこないからなぁ。町の人間でも会ったヤツは少ないんだよ。でもみんな、感謝してる。だから、そっとしておいてくれると助かる」


 真面目にお願いしてくる兄さんの男気に触れ、私も感動してしまった。


「分かりました。言いふらしたりしませんよ」




******


「というわけで、『オオダコ』様のおかげで『オオダコ』祭りの屋台料理が賄えているというわけです」


「なるほど。『オオダコ』様、ね……」


 せっかく持ち帰ってきた『証拠品』に手も付けず、上司は報告を聞いてくれた。珍しい。


「で、体調はどうかしら?」


「え? あ、特に問題は。強行軍でしたが、たまには新幹線もよいですね。久しぶりの山の空気に、むしろリフレッシュできました」


 一応心配してくれていたらしい。


 本当に珍しいな、雪でも降るんじゃないのか?


「そっかそっか。では、これらは、後でいただくとするわ。あ、報告書は私が加筆して提出おくから、キミはもう特に記載は不要だから」


「はあ、ありがとうございました」


 報告書も一発オーケーか。ま、仕事が早く終わるのは助かる……もう深夜だけどな。






【報告書】

件名 蔵剣町『オオダコ祭り』食材及び調達経路について


……


………………。


以上のことから、通常人間が食用とする際の問題の発生は確認されていない。

但し遅発性の影響の可能性は残されており、今後十年単位での観察は必要と考えられる。


また、採取した証拠品『CK1:オオダコゲソ焼き』及び『CK2:オオダコジャンボたこ焼き』は関係機関にて分析中につき別途報告書を提出とする。


なお、当該観測隊隊員を永年的観察対象とする。

(以後、観察対象No.810と呼ぶ)


以上


添付資料:観察対象No.810による経過報告

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『オオダコ祭り』に関する報告書 清見こうじ @nikoutako

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