異変観測者
よもぎめし
プロローグ
日常というものは非常にもろい。まるでガラス細工の枠組みのように。
秩序なんて欠片もない、カオスで偶然で無秩序な現実をまるで秩序があるように見せる枠組み。
それが日常や毎日というありふれたものの正体だ。
壊すのは簡単。枠組みを構成する一つの頂点が特に弱点で、そこを叩けば間もなく崩れるだろう。
そうすれば現れるのは剝き出しになった現実で、それはカオスで偶然で無秩序なものだ。
それを目の当たりにしたとき|俺(・)は―――泣きたくなった。
一度壊したものを元に戻すのは壊すことよりもずっと難しいらしい。
▽▲▽▲▽▲
ライ、ロウ、ハルの三人の関係性は、子供のありふれた"仲良しグループ"や"幼馴染"と呼ぶべきものだった。
ありふれた、異常さの介在しない"普通"。
三人は仲良く毎日を過ごした。
それが三人の日常だった。
同じ始まりと同じ過程を経て同じ終わりを迎える。
それこそが日常。
さて、今日の3人は日常に沿って心霊スポットを探検していた。
森を突き進んでいくライとハルを、ロウが追いかける。
「ライ、ハル! 今からでも戻ろう?」
辺りは暗く、心霊スポットとされるだけの怖さを纏う森を進むことにロウは否定的だった。
「やーい! ロウのビビりー」
「何も出ないって! 幽霊なんているわけないだろ?」
ハルは笑いながらロウを挑発し、ライはロウに微笑みかけて言う。
どちらもロウの意に介さず森をさらに進んでいった。
「幽霊はともかく野生のクマでも出てきたらどうするんだよ・・・」
どんどん道を進んでいくライとハルを見ながら、不貞腐れたロウは呟く。
やんちゃなライとハルの二人が突っ込んでいって、それをロウが止めようとするといういつもの展開にロウは溜息を吐いた。
「遅いよロウ!」
ハルの声がロウの元へ届き、とりあえずハルに追いつこうとロウは再度走る。野生のクマが出てきたとしても3人で固まればまだ安全かと思い直したのだ。
息を切らせつつも二人へ近づくロウ。
ハルは手を振ってロウを応援する。
――ライの意識が続いたのはそこまでだった。
▽▲▽▲▽▲
「少年、起きてくれ。」
声が聞こえて意識を失っていた少年、ライは目を覚ます。
光がまぶしいと思いつつも目を開けたライは、知らないお姉さんとロウの姿を確認する。ロウがいるならと、ハルの姿を探すが、どこにも見当たらない。
「少年。彼がだれか分かるかい?」
ハルがどこにいるのかと不審に思ったライがキョロキョロと見渡していると、初めに話しかけてきた知らないお姉さんが話しかけてきた。
お姉さんが指している「彼」とはロウのことだった。
「? はい。俺の親友のロウです。」
当然のことを聞いてくるお姉さんにライは当然の答えを返す。ライが自分の一番の親友であるロウを知らないなんてありえない話だとライは思った。
それを見てお姉さんは「大丈夫そうだ」と一人で頷く。
「少年。ライ君と言ったかな? 君にはこれから世界を守る仕事をしてもらう。」
「―――?」
「拒否権は無い。」
ライは首をかしげる。
何もわからないことを言われたことだけしか分からなかった。
「この世界には"普通"を無視した"異常"がある。それを私たちは"異変"と呼んでいる。ライ君がするのはその異変を消す作業だ。――もう君は親御さんの元には帰れない。」
「帰れない」の言葉にライは体が強張るのを感じた。
「――ルは?」
「ん?」
「ハルは!?」
強張る体を無理やり動かしてライはお姉さんへの問いを口にする。
初めからずっとハルが見当たらないことが気がかりだった。
「―――さあね。迂闊だった君らが悪いんだよ。」
そのライの問いを聞くなり、唇を噛んで突然の低い声でボソっとお姉さんは呟いた。
ライにはそれ以上を踏み込んで聞くことが怖いと思った。
「それじゃあわかんない! ハルは!?」
だが、ライはもう一度問う。
お姉さんは予想外だったのか、ライのその問いに目を見開く。そのお姉さんの様子は若干怯えるようにも、ライには見えた。
「ハルはどこなの!?」
ライは一歩も引かずに問いを重ねた。
お姉さんは沈黙した。
そして誰も何も言わない空間が現れる。
10秒ほど時間が流れた。
ライにとって、ハルは大事な存在だから。何かあったのならば胸が張り裂けるような思いになるだろう。
この沈黙が何らかの答えになるというならば、とライは気持ちを沈ませ、覚悟した。
「―――ライ。ハルは大丈夫だ。だから心配するな。」
「ロウ?」
ロウが口を開けたことで、静粛は破られる。
「俺が保証する。お前に嘘なんてつかない。信じてくれ。ハルは無事だ。」
ロウは真剣な顔でそういった。
そうしてライはやっと安心できる。
「大丈夫だよ。ロウ君も一緒だ。それにお姉さんがやり方を教えてあげる。怖くないよ。」
お姉さんは顔を俯けながらそう言った。
それを聞いたロウが立ち上がるので、ライもロウに倣って立ち上がってみた。
「じゃあ行こうか。ついてきて。君たちの新しい家へ行くよ。」
そうして、三人の子供の日常が終わりを告げた。
――もう戻れない。
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