ずっと前から、月は綺麗だったよ

衣末

プロローグ

「月が綺麗ですね」


彼に背を向け、夜空に輝く満月を見上げながら、私は言った。


「え」


後ろから、彼の驚いた様子の声は聞こえてきた。きっと、普段空に興味がない私がいきなりこんなことを言ったからだろう。


この言葉は、とある文豪が、英語の「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという逸話が由来らしい。直訳すると「愛してる」になるが、文豪は、日本人の性格からして「愛を告白する時に、直接的な表現をしないはず」と考え、このような言い回しを思いついたそうな。実に回りくどい、それでいてとても便利な言葉だ。告白として使うもよし、もし失敗したら「ただ、月が綺麗だと思っただけ。意味はない」と誤魔化してしまえばいい。


もっとも、日本文化が存在しないこの異世界では、そんな意味は持たないし、通じないが。


(今日でこの恋は終わり。綺麗さっぱり忘れよう)


既に婚約者がいる私は、彼に直接的に告白できない。してはいけない。だから、学園を卒業する時に、この恋心とはお別れしようと決めていた。告白なんかするつもりはなかったのに、気付いたらあの言葉を呟いていた。


(ダメだなぁ。私、未練たらたらじゃない)


まぁ、伝わってないからセーフだセーフ。


「なんでもないわ。さ、戻りま」

「死んでもいいよ」


少し気まずくなった空気を誤魔化すように振り向いた私の言葉を彼が遮った。


「え?」


まさかの返事に私は大きく目を見開いた。

(え?なんで?どうして知ってるの?え?)

だって、その言葉は…

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