第9話 形だけの繋がり

 連合軍──。


 そのというキーワードが意味するもの。それは西暦2140年という未来にいても、未だ人々は国境という鎖に守られて生きることを望んでいるという事実だ。


 国が異なれば主義主張も当然異なる。好きな事を言い合った成れの果て……。それが小さな紛争を呼び、やがて大きな戦争へと進化をげる。


 しかも完全に従順なAIがそれを余計に加速させた。AIを積んだアンドロイドは所詮しょせん機械。

 人間ではない。死を恐れぬ……違う、死という意味を理解させてないAI兵土同士を戦わせる。


 これ程、楽な戦争はない。互いが殺し合う罪を背負う訳がないのだ。但し巻き込まれる民達は、実に理不尽な形で命を散らす羽目におちいる。


 この世界情勢を重くみた一部の列強国や、財人達が形ばかりの手を握り、手元にある兵達を紛争解決という名目で集結させたのが、この連合軍の成り立ちなのだ。


 13年前、イタリアの属領であるシチリアで起きた大爆発。この事実は当然、連合軍を動かす上層部にも知れ渡った。


 だが所詮小さな島で起きた珍事として扱われた。そんなものに大事な兵を割く余裕などない。一番お偉ぶった組織というものは、当然動きも緩慢かんまんと化す。


 最高の人材と最強の兵器を有した処でTOPKINGが命令を下さぬ限り、兵士Pawnは決して動けやしないものだ。


 増してやそのTOPが複数居れば、さらにタチが悪くなるのが道理。


 そんな感じで13年もの月日をようしてしまったのだ。この出撃、威力偵察いりょくていさつと言えば、良い響きに聞こえなくもない。


 しかしどちらかというとそれは名目に過ぎない。『演習ついでに可笑しな連中を見つけた場合、これを掃討そうとうせよ』というお達しなのが実情であった。


 ──実に呑気のんきしているものだと言わざるを得ない。


 ファウナ一行が見送った3機の戦闘機と、後に続いた補給艦とおぼしきこの部隊。いずれもこの時勢だというのにステルス機最新鋭ではない。


「──隊長。自分、非常に不愉快ふゆかいであります」


 補給艦……ではなく、実は上陸向けの歩兵団が乗機している中でのやり取り。

 実戦経験ゼロだが、訓練経験だけは異様に長い若い男の兵。如何にも不服な顔で、銀髪の男へ詰め寄る。


「ア"ッ? 何言ってんだ手前テメェ。戦争に不愉快ふゆかいも理不尽もありゃしねぇだろ?」


 この部隊の指揮を一任されている西洋人の隊長。名を『アル・ガ・デラロサ』という。


 鋭い流し目をこの小生意気な部下へなすり付ける。スペインなまりの英語でののしる。経験値豊富な32歳。


 短く切った銀髪と迷彩色の様な緑が入り混じった不思議な頭だ。銀髪は戦場じゃ目立つので迷彩色の方は、自ら染めているのだが、その管理が余りにも雑。


 伸びてきた新しい銀と染めた緑が混ざっているから、こんな可笑しなことになっているのだ。


「だってこんな出撃、絶対におかしいですよ。前を往く3機はAIの無人機。それですらステルスじゃないというのは意味が判らんのです」


 このなまじ頭だけ良さそうな男。隊長へ意見するのを止めようとしない時点で、自身の甘ちゃんぶりをさらしている様なものだ。


「お前、本当ほんっとうに頭わりィな」


「は、はぁ!?」


 デラロサ隊長に何時の間にやら背中を獲られて、こめかみに銃をした人差し指を突き付けられる。その動きに思わず身震いした。


「こんな辺境だぞ、チンケな紛争ならむし隠れずステルスせずに堂々と、象の様に踏み潰せってこった」


「我々に連合軍の広告塔になれと?」


 隊長が「バンッ!」と銃声を吐いた後、その声量に負けない音で床に叩きつけらた兵士。此処までされても……いや、寧ろ此処までされたが故、より引っ込みがつかなくなる。


 ギロリッ。


 床に投げ出されたみっともない格好のまま、それでも隊長デラロサにらみ続けた。


「何だ何だァ、まだ何かあんのか?」


 上から見下ろすデラロサである。次は右手にナイフを握り、空いた左手をポンポン叩く。『次はこれで殺る』と言わんばかりだ。


「な、何故AI兵だけに任せないのでありますか? 増してやこんな前時代的な強化服パワードスーツで、我々が態々わざわざ上陸するなど」


「──そこまでだ。これ以上グダグダ言うなら敵前逃亡とみなし、今すぐ此処から、この私が叩き落とす。第一そのAIとやらが信用ならんからこその我々だと何故気付かん」


 未だ机上の空論を訴えるのを止めようとしないこの男に対して、隊長の代わりに副長が応じた。


 相手の身を斬り裂きそうな鋭い口調の女だ。『マリアンダ・アルケスタ』良い加減なきらいのある隊長に比べ、マリアンダの成すことは逐一徹底して迷いがない。


 完全に染め抜いた迷彩色の髪色を見るだけで、それがうかがい知れる。腕章にはアメリカ国旗。スペイン人の軍人にアメリカ人が付き従う。


 如何にも連合軍といった編成である。


「よせアルケスタ。そんな奴でも貴重な連合の兵士だ。勝手に死なれちゃ監督不行き届きで、この俺様が降格される」


「チィッ……」


 如何にもキレ者といった感じのマリアンダが舌打ちした。この副長、本当に出来る女だが、歳はまだ19歳。あどけなさと狡猾こうかつさが同居している。


「──まあ確かに前時代的なやり方だとは正直思いますね。隊長があの機体は特に。今どき2足歩行の機械マシンなんて流行りませんよ」


 此処でマリアンダ……通称マリーの矛先が隊長デラロサへ向けられる。少し変な事を言っている。彼等は強化服パワードスーツを着込んで空から上陸する部隊だ。


 しかし隊長だけは違う様だ。確かにと彼女が告げたからだ。


「おっ、何だァ、アルケスタ。俺だけ最新型に乗れるんでやっかみかっ? 良いだろ、フフッ……」


 嫌味を言われたのに寧ろ喜びニヤリッと返す隊長である。


「いえ、これっぽっちも思ってません。最新型? 試作機プロトタイプの間違いでしょう? 転ばない様、精々せいぜい貴方の神様に祈りでもささげて下さい」


「相変わらず口が達者だな。だがお前は出来る女、だから俺様は好きだぜ」


 あおるマリアンダの首元をいつも間にやらの動きで迫り、クィッと片手で持ち上げるデラロサ。その気になれば唇をうばえるだろう。


 さらに不意にマリーと愛称で呼ぶ。その格好のまま静止する二人。固唾かたずを飲んで他の兵達が見ている。


 けれどアル・ガ・デラロサにも、マリアンダ・アルケスタの方も、その気は全くない顔つきだ。


「前時代的? 良いね良いね、大いに結構。いざとなったら俺様、ナイフ1本ありゃ、それで充分なのさ」


「でしょうね……。傭兵ようへい時代から貴方という人は、格好さえ付けらればそれで良かった」


 恋人達の様な距離感で何とも冷ややかなやり取りが続く。


「へッ! そういう事だッ! 連合に入ってから訓練ばかりですっかり身体がなまっちまった。やっぱ戦争はが最高って訳よ。攻め込んだらに為れる」


 アル・ガ・デラロサ──。スペイン出身のくせにそのからだへ流れる日本人の血を誇り良しとしているこの男。


 先程『ナイフ1本……』とほざいたが、本音を言うと一振りの刀と、日本人が描いたロボットが大好物な子供じみた人間なのだ。

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