第042話 天真爛漫
加賀見の体力テストの特訓に付き合うこととなった安達と俺。
まずは100メートル走の種目を鍛えるために加賀見に走ってもらうことに。
「……いきなりハードじゃない?」
「体力作りも兼ねてるからどの種目でも同じくらいハードだぞ」
「……やっぱ帰りたい」
うん、俺も帰りたい。でも今更安達が許すはずないな。
加賀見が所定の位置に着いた後、
「いくよマユちゃん、よーい、スタート!」
安達がストップウォッチを持ちながら合図を送った。
加賀見が安達のいるゴールに向かってとりあえず全力で走る。
その結果、
「……20.1秒」
安達が淡々とストップウォッチに書いてある時間を読み上げた。
加賀見は安達からのタイムを聞いているのかいないのか、立ったまま上半身を折り曲げ膝に両手を当ててゼーゼーと激しく呼吸していた。「もう走れません」と全身でアピールしていた。
それにしても20秒台って。昨今の女子の100メートル走の平均時間がどんなもんなのかは知らんがこれって小中学生の方がマシなレベルなのでは。
「……ミユ、私頑張ったよ」
「うん、頑張ったのはわかるけど……もう少し頑張ろっか」
「え……」
加賀見が安達へ顔を上げる。何だその表情。安達の態度が信じられないとでも訴えたそうにしているが、今日は体育の成績を上げるための特訓だって言ってんだろ。
「ねえミユ、これ以上動いたら私生きて帰れない」
「ねえマユちゃん、他の子達はこれよりずっと激しい運動してても普通に生活できてるんだよ」
「私、目が覚めた。成績に踊らされるなんて愚かなことなんだって」
「それじゃ次行こっか」
「ねえ、ミユ、おねがい、話を聞い……うー……」
安達は加賀見の手をしっかり掴み、スタート位置へと連れていった。
加賀見は安達の向かうのとは反対の方へ体を逸らすも抗いきれず安達へ付いていく格好になった。
俺はゴール位置でそんな二人の様子をただただ見届けていた。なぜか愉快な気持ちになれた。
その後3本ぐらい加賀見を走らせ、一旦休憩。
俺の方で予め持ってきていたシートの上で俺達は落ち着いた。
「広くて快適だよねこのシート」
「そりゃどーも」
安達と俺は普通に座っているのに対し、加賀見は
「……」
うつ伏せかつ大の字の姿勢でシートの上に横たわっていた。
走りを終えて帰ってきてスポーツ飲料をガバガバ飲んだ後、すぐさま上記の状態になったのだ。
肩の辺りがかすかに上下しているので生存は確認できているのだが、遠目には生死不明な姿だった。
半袖から出ている腕の方は汗がとめどなく流れ出て、水浴びしてきたかのごとくびしょ濡れになっていた。家に帰ったらシートを念入りに掃除しなければ。
「マユちゃん、まだ特訓続くんだけど……」
「……せめてあと1種目だけにして……」
「……黒山君、どうしよっか?」
安達も判断に困っていたようで俺に意見を問う。
体力テストの種目は全部で8つ。特訓した種目は今やった100メートル走で1つ目。
つまり加賀見の要請を受けた場合、6種目未着手のまま終わるという話になる。
ちなみに念のため説明すると、加賀見は8種目にわたって満遍なく成績が悪い。
なので6種目は事実上捨て石扱いとなる。
「アレ見ると全種目の特訓が終わる前にくたばりそうだけどな」
言っておくが今はまだそんなに暑くはない。飲み物は充分用意しているし熱中症の心配も特にはないのだ。
しかし加賀見は100メートル走を数本こなしただけであの有様になっていた。
これなら小中学生の方がまだ体力あると思うのだが。あと、コイツが小中学生のときはマラソンとか他の体育の授業は一体どうやって凌いでいたのかちょっと興味が出てきた。
「うん、悲しいけど私も同じこと思ってた」
ともあれ加賀見の成績を取るか、命を取るか、安達は既に決めていたようだ。体育の特訓一つでなぜ死活問題にまで発展するのかはよくわからないが。
「……じゃあ次の種目で最後にするから、せめてそれだけは頑張ろーよ」
安達が折れた。
「……うん!」
加賀見がシートに貼り付けていた顔をガバッと上げて元気よく返事した。
ワガママが叶った幼児みたいな
「マユちゃん、急にやる気出てきたね……」
「それはもう。もうすぐ終われると思えば頑張れる」
「俺も」
「黒山君は早く帰れるなら何でもいいだけでしょ」
早く帰りたい派の俺と加賀見に対し、真面目にやろうよ派の安達。正直よくモチベーションを保てるなと安達に感心してしまった。
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