第041話 特訓
我が校では6月の下旬に体力テストが行われる。
学年ごとに開催場所が割り振られており、俺達二年生は市内の運動公園となっている。
運動が得意な生徒はここぞとばかりに活躍できるイベントの一つなのに対し、
「あー、だる……」
運動が苦手な連中にとってはどうしようもなく憂鬱な気分にさせるわけだ。
傍にいるツインテールも例に漏れず体をだらりと前に垂らしている。
体力テストは1週間ぐらい後。そして今日は休日。
つまり本来俺は体力テストと関係なく自宅のベッドの上で過ごせたはずなのだが、
「ねー、マユちゃん少しは頑張ろーよ」
ツインテール(別名:加賀見、マユちゃん)とそれに声を掛ける安達の二人とともに市内の運動公園にやって来ていた。ちなみに全員ジャージ姿だ。
事の起こりは昨日入った安達からのメッセージでの通話だった。
『黒山君、一つお願いがあるんだ』
「俺も一つお願いがあるんだ」
『え、どういうこと?』
「俺に連絡してくるのやめてくれないか、てな」
『……それで、こっちのお願いなんだけど』
俺のお願いを聞かなかったことにして話を進める安達。彼女の程よくスルーする能力は一年の頃から健在だ。俺も見習いたい。
『体力テストが近いでしょ』
「ああ、そうだな」
『マユちゃんの成績がどうにも心配で』
お前も他人のこと言えないけどな、とは心の中で思うことにする。安達もどちらかといえば運動が苦手なタイプだ。加賀見ほどじゃないにせよ。
『それで、黒山君と私で特訓してあげられないかなーって思ってさ』
おう、そう来たか。
「答える前に確認したいんだが、加賀見に話は通ってるのか?」
アイツがそんな特訓に乗り気になるとは思えんのだが。
『マユちゃんにはこれから。まずは黒山君に話を通すのが筋かと思って』
「ならまずは加賀見の意向を聞いてくれ。本人がそもそもやりたがらなかったり、俺に協力してもらいたくないんだったら俺も引き受けない」
『逆にマユちゃんがやる気なら黒山君もやるってことね』
「まあ、そういうことになるな」
『わかった。それじゃあマユちゃんに話してみるから一旦失礼するね。夜分にゴメン』
メッセージの通話はそこで終わった。
運動が何より苦手で嫌いなアイツがそうするなんて到底思えない。つまり
しかし、結果は俺の期待を裏切ったのだ。
安達が確認を取ったところ、なんと加賀見が特訓に出るとのことだった。
アイツそんな努力家だったのか、と意外に思っていたのだが今日の様子を観る限りどうもそうではないらしい。
それはそれとして。
「なあ、ちょっといいか?」
「何?」
「まさかもう帰るの?」
加賀見の半目に光が宿る。俺が帰ると言えば喜んで同時に帰りそうだな今のコイツは。
「帰りたいのは俺も山々だが違う」
「マユちゃん、こういうときばかり黒山君に同調して……」
「で、確認だが今日春野や日高は来ないのか?」
「ああ、うん」
「てっきり安達が呼んでるものかと思ったんだが」
「うーん、あんまり人数多くても役割とか余るだろうし、今回は私達二人でいいかなって」
そうか? 春野は運動苦手だからともかく、日高は女子四人の中じゃ一番運動が得意だろ。
「……私も、ミユとアンタの方がどっちかというと気が楽かも」
「それ春野や日高とお前があんま仲良くないって聞こえるんだが」
「そんなことない。皆仲良し」
加賀見はさっさと俺達の先を進み、公園の広場の方で適当な位置を陣取った。
「あと一つ気になったんだが、お前何で特訓に来たんだ」
さっきの加賀見の様子を思い出してついツッコミを入れてしまう。
「……少しでもマシな成績を残したい」
「ほう」
「他の皆が成績を残してる中、私だけ毎回とびきり悪い数字をマークしてる。それも他の同級生が大勢見てる前で。もうキツい。キツいキツいキツいキツい……」
弱った動物が不気味な悲鳴を上げるように、一定の語を繰り返し呟く加賀見さん。何か嫌な思い出でも
「なら何でさっき帰りたがってたんだ」
「……今の私の心には成績を上げたいから特訓したい私としんどいから特訓したくない私が同時に存在して相争っている」
「……どっちが勝ちそうなんだ?」
「決着が付かないから交渉を重ねた結果、特訓せずに成績だけ上げるという方針でたった今妥結された」
「そうか、頑張れよ」
あんまりにもあんまりな加賀見の言い分に本気で帰ろうと
「ちょっとマユちゃん! ……ゴメン黒山君、帰りたいのはわかるけど、もう少し! もう少しだけ我慢してもらえないかな。マユちゃんは私が説得するから」
安達が加賀見を説得(半分説教)しに掛かる。ものぐさな友人を持つとこういうとき苦労するんだなあと安達の様子を見て思いました。
加賀見もさすがにさっきの自分のワガママが通るとは本気で思ってはいなかったようで渋々と、それはもういかにも渋々とした感じで安達の説得(半分説教)にじっと耳を傾けていた。
「……ゴメン、ミユ、黒山。さっそく教えて頂けると助かる」
加賀見が頭をペコリと下げてきた。普段のコイツからは考えられない殊勝な仕草に何かの罠を疑った。
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