第033話 リフレッシュ

 奄美姉妹に連れられて階段を上がっていく。

 他人の家というのは独特な匂いが鼻をくすぐりやや落ち着かない。

 手足の動きが少し硬くなっているのを感じつつもとりあえず奄美姉妹の歩くペースに合わせた。

「あれー、胡星先輩緊張してます?」

 葵、お前えらく目敏めざといな。将来スポーツの審判でもやったら活躍するんじゃない。

「やっぱ女の子のおウチにお邪魔するのはドキドキするんですねー」

「いや、俺の場合他人の家なら一律でドキドキする」

「またまたー。まあそういうことにしておきますよ♪」

「言ってろ」

「葵、黒山君に勉強教えてもらうのにあんま変なこと言わないの」

「はーい」

 奄美先輩が葵を窘めつつ一番前を進む。


 そしてとある部屋のドアノブを奄美先輩が手に取ると、葵が疑問を挙げた。

「あれ、お姉ちゃんの部屋でやんの?」

「ん? そのつもりだったけど」

「いや、私の部屋でもいいんじゃない?」

「アンタ部屋片付いてんの?」

「ちょ、失礼な! いつもキレイにしてるっての」

「ふーん。でもいいわ、今日は私の部屋を使わせてあげる」

「いやいいよ。お姉ちゃんも後片付け面倒でしょ」

 奄美姉妹が自分の部屋を使うとのことで譲りあいを始めた。

 事情はよくわからないが二人とも互いのことを思いあってるゆえの発言なのか。

 それにしてはちょっとギスギスしてるようにも見受けられる。


「アンタの部屋だと私のベッド使えなくなるけどいーの?」

「う……」

「いっつも私の部屋のベッドがお気に入りっていって寝っ転がってるものね。今日は使わなくていーの?」

「ううう……」

 どうやら葵は奄美先輩のお部屋にあるベッドにハマっているらしい。

 葵の口からわかりやすくうめき声が流れてきた。

「……お姉ちゃんの部屋で勉強させてください」

「ん。ゴメンなさい黒山君、待たせちゃって」

「あ、いえお構いなく」

 改めて奄美先輩が前にある扉を開けた。


 奄美先輩の部屋は至って普通の学生のものだった。

 勉強机・ベッド・棚など基本的な家具が適度にしつらえられ、窓からしっかりと日が差し込んでくるレイアウトだった。

「あれ、テーブル持ってきてたんだ」

「そりゃーね。今日テスト勉強するんだから必要でしょ?」

 部屋の真ん中には三人がちょうど腰掛けられるぐらいのサイズの丸テーブルが鎮座していた。これのお陰で部屋がちょっと狭い。

「とりあえず、勉強始めましょーか」

「うす」

「はーい」

 葵も俺も丸テーブルのすぐ横に鞄を置き、早速葵のテスト勉強を見る準備に取り掛かった。



 テスト勉強は順調に進んだ。

 葵が教えてほしいと希望した教科は数学Ⅰ・化学・生物。

 どうも理系の教科にあまり自信がないらしいが、それでも俺からすれば平均並みにはできているように思われた。

 ひとまず俺なりの勉強法なりコツなりをできる限りみ砕いて伝授したら葵はあっさりと吸収していった。

「先輩教え方上手ですね」

「いや、そうでもない。俺のやり方がお前にたまたま合ってたんだろ」

 授業にはない独特な覚え方や解き方してるのも多いが、ここまで葵が覚えるの早いならそれはもう相性の問題だと思う。

「へー、じゃ私達気が合うんでしょうね」

「勉学の方はな」

「ねえ、黒山君の方は教えてほしい科目ってないの?」

 おっと奄美先輩、先程まで自分のテスト勉強をやってたかと思いきや。


「いや自分は特に。奄美先輩こそ、御自分のテスト勉強はいいんですか?」

「とりあえず一段落。ちょっと余裕できたから私でよければ黒山君の勉強も見られるわ」

「胡星先輩、私はもう少し教えていただきたいところがあるんですが……」

 ここで奄美先輩と葵の目が合い、数秒互いを見つめあった。

 何だこれと思いはしたがツッコんでもろくなことにならなそうなのでスルーして

「俺達全員で一旦休憩しませんか」

 勉強疲れのリフレッシュを呼び掛けた。

「……ふう、そうですね」

「一旦休みましょうか」

 奄美先輩も葵も同時に俺へ顔を向けて少し深めに息を吐いた。動作が寸分たがわぬ辺り、やっぱ姉妹だな。



 奄美姉妹の御母堂が持ってきてくださったジュースやお菓子を三人でたしなんでいると

「ねー先輩、どうせならちょっと遊んでいきません?」

 葵がジュースを吸っていたストローから口を離し、こんなことを宣った。

「そうだな、じゃあ俺は自宅から遊び道具持ってくるわ」

 俺が立ち上がったところ、葵がガッと俺の腕を掴んできた。

「いいですよわざわざ、ウチにも用意してあるので」

「おおそうか、でも遠慮しなくていいぞ」

「先輩遊び道具取ってくる気ないでしょ。そのまま自宅でのんびり過ごす気でしょ」

「なぜわかった」

「少しは本音隠す努力をすることをオススメします」

 マジ? そんな透けて見えてたの俺の意図。


「ちょっとトランプとか持ってくるから葵は黒山君見張ってて」

「うん」

 奄美先輩がすたすたと部屋を出ていく。

 葵は俺の腕を掴んでじっと座り、俺の方から目を離さなかった。

「いつまで掴んでるんだ?」

 葵に掴まれている方の腕を上げて尋ねてみる。

「そーですねー。とりあえずお姉ちゃんが戻ってくるまで?」

「結構長いな」

「必要最低限の処置かと」

「そんな危険人物を扱うみたいに」

「危険とは思いませんが放っといたらすぐにいなくなりそうな気がしますね、貴方の場合」

「……考えすぎだろ」

「そうでしょうか」

 無駄な問答を繰り返しているうちに部屋の扉が開いた。

 そこにはカードの束を手にした奄美先輩が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る