第032話 礼儀知らず

 俺は今、奄美姉妹とともに電車の中で吊り革につかまっている。

 葵のテスト勉強を手伝うため、実施する場所である奄美家へ案内されているところだ。

 車内では向かって右から奄美先輩・俺・葵という順に並んでいた。何で姉妹同士で隣にならないんでしょうか。


「胡星先輩、家に着いたら……」

「他の人に迷惑だから声落とせ」

「あ、はい。それでですね……」

「もっと小さく」

「え? えーと……」

「もっと小さく」

(…………)

「声小さくて聞こえんな。じゃあ会話は終わりってことで」

「おちょくるのやめません?」

 普通の声量に戻った葵がニッコリと笑い掛ける。やだこのコ怖い。


「わかったわかった。でも長話はなしな」

「はい。まず家に着いたらまず何しましょうかって話なんですけど」

「テスト勉強以外に何するっていうんだ」

「え、そんなの本気にしてたんですか?」

「奄美先輩、今日の予定ってテスト勉強と聞いてきたんですが認識合ってます?」

「ええ、私もそのように聞いてるわ」

 奄美先輩が俺、いや葵の方へ視線を向けてくる。

「や、やだなー、テスト勉強もしますよ、しますってば」

 テスト勉強以外のこともやる気満々の葵。


「テスト勉強が終わったら俺は付き合う義理ないよな」

「え、いやいやいや」

 葵が手を横に振る。

「テスト勉強が終わってからが本番なんですが」

「そんな予定は聞いてないな」

「そりゃそうですよ。今思いついたんですもん」

 コイツの面の皮の厚さって一体何に由来してるんだろう。遺伝?

「今思いついたことを俺に話されても知らん」

「んー、そうね。テスト勉強を見てもらってそのままお礼もなしに返すのもどうかと思うし……」

「奄美先輩?」

「勉強の後もゆっくりしていかない?」

 奄美先輩、そんな爽やかに誘われても俺は「ではお言葉に甘えて」と爽やかに答えたりしないですよ?

「自分は一人にしていただけた方が気が休まります」

「うん、知ってる。でも、たまにはこっちでゆっくり過ごしてみましょうよ」

「そうですよ。結構ハマるかもですよ」

 俺の両隣に立っている姉妹が身体まで俺の方に向けてにじり寄る。

 吊り革に掴まりつつなのでそんなにキツくは寄らないが、姉妹がここで俺を挟み撃ちにしてくるのはよろしくない。電車が揺れたときあらぬ所に体が触れかねない状況だ。

「ではお言葉に甘えて」

 結局そう返事をしてしまった。返事するとき我ながら相当重苦しい雰囲気を醸してたんじゃないかと思う。

「ふふふ、歓迎しますよ」

「お客さんだし失礼はないようにするわ」

 姉妹が互いに顔を綻ばせる。


「……あの、お二人とも」

「ん?」

「何ですか?」

「もうちょっと間隔取ってもいいんじゃないですか。今乗客そこまでいないですし」

 奄美姉妹はさっき俺ににじり寄ったまま、俺との距離を元に戻さなかった。

 身体の向きだけはきちんと窓に面しているため、二人の肩が俺の腕の方にちょいちょいぶつかった。

「私はもっと近くでも問題ないと思いますけど」

「おいやめろ」

 葵がなぜかもう少し俺の方へすり寄ろうとする気配を察知し、即座に止める。

「確かに近かったわね。ゴメンなさい」

 奄美先輩の方は俺から適度に距離を取った。葵と実に対照的だ。同じ家で育った実の姉妹だというのにどうしてここまで性格が違うのか。

「あ、いえ奄美先輩を責めてるわけでは。ただ窮屈じゃないかなと思った次第です」

「胡星先輩、何で私と姉でこんな扱いが違うんですか」

「先輩と後輩で対応違うのは当然だろ」

 この二人の場合性格の違いも原因にあるけどな。

「むー……」

 葵は反論しなかったが、代わりとばかりに仏頂面で口を閉ざした。

「ゴメンね、ウチの妹がまた迷惑掛けて」

「いえ、いつものことなんで」

 この後しばらく、自分の正面にある車窓の外の景色を楽しんだ。



 電車を降り徒歩で10分ほど移動すると、奄美姉妹がとある民家の敷地へ入っていく。

 民家の表札には「奄美」という馴染みの苗字が筆で書いたような形で記されていた。

「キレイなおうちですね」

「そんなことないわよ」

「3ヶ月ぐらい前にサイディング?っていうのやったんですよ」

 ああ、何か大工さんが足場組んで壁を塗り直すっていうヤツか。


 奄美先輩が玄関の鍵を開けて重そうな扉を開く。

「ただいま。友達連れてきた」

「ただいまー」

 奄美姉妹の挨拶のすぐ後に

「おかえりー」

 という声が家の奥から聞こえて足音とともに大人の女性がやって来た。

 奄美姉妹の面影を感じる人だった。


「どうも初めまして、雛と葵の母です。娘達がお世話になってます」

「いえ、自分こそ雛さんや葵さんにご迷惑をお掛けしております」

「いえいえ。とりあえずまずは中へどうぞ。お茶をお出ししますね」

「お気遣いありがとうございます。お邪魔します」

 愛想笑いもそこそこに奄美姉妹の母は出た方へ戻っていった。


 玄関に置かれたスリッパに履き替えていると

「……先輩、あんな丁寧な対応できるんですね」

「俺を何だと思ってやがる」

「ゴメン、私も一瞬別人かと思ったわ」

「奄美先輩まで……」

 俺そんなに礼儀知らずな態度を取っていたでしょうか。親御さんのいる手前口にはしないが俺よりは葵の方がよっぽど礼儀知らずだと思います。

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