第029話 理由があるなら

 二年二組の教室では、いつもの通りに女子四人が会話を楽しんでいた。

 俺の席の近くで。

 一年のときはコイツらと少しでも関わりたくない一心で自席から離れなかったらコイツらの方から俺の席の近くで集まるようになったのだ。

 で、二年のときもその流れが何となく続いている。

 ちなみに葵が初めて二組の教室にやって来た際は春野が自分の席を葵に譲った関係で春野の席の近くに集まっていた。たいそう珍しい出来事。まあどうでもいいね。


「あ、そうそう黒山」

「どうした」

「先日リンと植物園行ったんだって?」

「⁉」

 加賀見の質問にドギマギしてしまう。

 あれ、どういうことだ。日高の話だと安達と加賀見には内緒じゃなかったのか。

「あー、私も聞いたー」

 って安達もかよ。

 春野と日高は俺のようにビックリした様子もなく「あー、その話ねー」と普通に受け入れていた。何で平然としてられるんだよ。


 ってもしかして。

「……春野か日高から聞いたのか」

「うん、そう。先週の下校のときだったかな」

 なるほど。下校のときは俺のいない、お前ら女子四人だけでいつも帰ってるもんな。

「アンタも内緒にしなくていいでしょうに」

「その場にお前らがいなかったのにわざわざ話すのもどうかと思ってな」

 春野の男慣れ云々はややこしくなりそうだから伏せておく。

「ゴメンね、マユちゃんミユちゃん。どうしても行ってみたくって」

「いやー、私も凛華なら興味あるかもって思ったからさ」

 春野・日高がフォローに入った。

「あ、大丈夫。そんな興味なかったから」

「理由もわかってるからさ」

 対する加賀見・安達もいつもと変わらない調子だった。

 しかし、「理由もわかってるから」か。こりゃ日高から背景を聞いてるのかもな。


「それで植物園ってどうだったの?」

「別に興味ないんなら聞かなくてよくないか」

「えー、そうでもないよ。行った人から話を聞いたら興味湧くかもしれないし」

「むしろ興味湧くようにトークを頑張ってほしい」

「植物園の営業担当でもないのに何でそんな手間を」

「それじゃオススメスポット30個紹介して」

「植物園のキャパ軽くオーバーするわ」

「なかったら自分で創造して」

「完全にフィクションじゃねえか」

 加賀見と安達の要望により俺の口から植物園での出来事をあらかた話すことになった。

 春野の奇行については本人の名誉のために控えておいた。


 一通り語った後の加賀見と安達の反応がこちら。

「……とりあえず、何もトラブルはなかったんだね」

「おい何だそのいかにもトラブルが起こってほしいみたいな感想は。春野がどうなってもいいのか」

 とりあえず春野を盾に反論。こういうとき春野って便利だな。

「あ、いやそういうわけじゃないんだけど」

「トラブルというか、笑えるハプニングがアクセントとして欲しかった」

「何のアクセントだよ」

「これじゃコンテストで優勝できない」

「植物園のエピソードを一体何のコンテストに出すってんだ」

「悪いけど次回頑張って」

「お前の言葉を理解することをか?」

 説明が致命的(意図的?)に足りない加賀見と不毛なやり取りをする。

「リンの方からは何かない? 黒山の認識とどうしようもない齟齬があったとか」

「『どうしようもない』は余計だ」

「え、うーん、特にないかな」

 このときの春野は両手を背中の方に隠し、顔をやや斜め下に向けていた。

 どうやら当時の己の奇行について暴露するのはさすがに嫌だったらしい。



 放課後の空き教室では、いつもの通りに奄美姉妹が居座っていた。

 いや居座っちゃダメだろ。俺も居座ってるけど。

「ねー、胡星先輩」

「何だ」

「結局春野先輩のデートってどうだったんですか?」

 葵が両腕を伸ばして机の上にべたりと乗せている。行儀悪いからやめなさい。

「特に何もなかったな」

 加賀見と安達に説明したことをまた繰り返すのが億劫おっくうなのでその一言で済ませた。

「えー、デートなのに何もないはないでしょ」

「そもそもデートでもない」

「先輩がどう言おうと第三者から見たら立派なデートですよ」

「世間からの目に俺は屈しない」

「わーかっこいー」

 机の上に伸ばしたままの腕でパチパチと手を叩き賞賛する葵。この上ない棒読みだった。


「でもそうですかー。女の子と二人で歩いてても先輩にとってはデートじゃないんですね」

「付き合ってるカップルじゃなけりゃな」

「じゃー今度は私と出掛けましょーよ」

 また出た。

「理由がないだろ」

「春野先輩だって理由がないのに遊びに行ってたじゃないですか」

「いや、理由はあったぞ」

「へー、どんな?」

「春野のプライバシーに関わるから俺の口からは言わん。知りたきゃ春野に聞きな」

「ふーん……」

 葵が目を細める。腕を曲げて俺の方へ顔が来るように頬杖を付いてきた。行儀悪いからやめなさい。

「理由があるなら一緒に出掛けるんですね?」

「俺が付き合わなきゃいけない理由があるならな」

「わかりました」

 葵がようやく聞き入れて、その場での話は終わった。


 何で俺はこのときの「わかりました」の意味をよく考えなかったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る