第027話 これからも

 植物園を巡ってる内に夕日がぽっかりと浮かぶようになった。

「そろそろ帰るか」

「うん」

 春野と俺は植物園の出口へと向かう。

「そんで、そろそろ手を離しても大丈夫じゃないか」

「あ、そうだね」

 その間ずっと握りっぱなしだった俺達二人の手が解放された。

「こんなに人の手を掴みながら歩き回ったのは初めてだな」

「え、そうなの?」

 小さい小さい幼児の頃だったら親の手を握ったまま外出したこともあるかもしれないが、少なくとも物心付いてからこんなことをした覚えはない。


「あーでも、ひょっとしたら私も初めてかも」

「そうなのか。日高とはそういうスキンシップもやってるのかとばかり」

「いや、こんな長い時間こうしながら歩いたってことはないかな」

 春野がさっきまで俺の手を握っていた方の手を自身の顔の前に持ってきていた。

「でもそっかー……。黒山君も初めてなんだ……」

 春野が自分の手のひらを正面に見つめながら、ひときわ小さい声で呟いた。



 帰りの電車の方向が一緒だったため途中まで一緒に帰ることになった。

 そんな、電車を待つホームの上にて。

「楽しかったね、植物園」

「まあそうだな」

 季節もあるのか草花がそこら中に勢いよく咲き誇っており、鑑賞しててあんまり飽きなかった。

 ただ一つ気になったのは植物園のことよりも唐突に料理の食べあいっこや手繋ぎを持ち掛けた春野の不思議な振る舞いである。

 何故彼女がそんな行動に出たのか。謎は尽きないが今日はもう疲れたので後日気が向いたときに考えることにする。

「また来たいね」

「ああ、今度はアイツらも一緒にでいいんじゃないか」

 日高は興味ないとか言ってたが実際に見てみたら気が変わるかもしれない。

 安達・加賀見についてはそもそも今回の植物園のことを話してないとのことなので、いざ話してみたら興味を向けて春野と一緒に遊びに行く気になってもおかしくない。

 沢山のお友達と遊ぶのが大好きな春野に合わせた一言だったが、

「うん、皆と来るのもいいけどまた黒山君と二人で行ければなーって」

 春野の反応は想定外のものだった。


「なぜ?」

「だって黒山君、皆といるときはそんな積極的に行動しないじゃん。今日二人でいたときはずっとおしゃべりできたし新鮮だったよ」

 そりゃあな。安達・加賀見・日高がいれば春野は、というよりお前ら女子四人は話し相手に全然困らないわけだし俺としては会話にできる限り混ざらない方が気楽だもの。

 でも二人だけだったらそうもいかないから相手のペースに合わせたりこっちから会話を振ったりもするさ。

 こっちだってさすがに人を伴っておいて気まずい雰囲気になるのはゴメンだ。


 そうなるとやはり一人での行動というのはいい。

 同伴者のことを一切気に掛けずに自分の思い立ったときに思い立ったことができる。

 予定とは全然違う気紛れのままに行動しても何も構わない。実に俺の性に合う形だ。

「だからさ」

 一人での行動がいかに素晴らしいか俺の頭の中で整理している間も春野は言葉を続けた。


「これからも二人でいろんな場所にお出掛けしない?」


 夕日の光が春野を輝かせる。

 とりわけ春野の髪に飾ってある髪留めは宝石のようにまぶしかった。

「……タダでいけるならいいぞ」

「えー、黒山君そんなにお金ないの」

「金欠ってわけじゃないが老後の貯蓄に回しておきたいんだよ」

「お小遣いぐらいのお金を貯めても仕方ないと思うんだけど……」

 春野がうーんと小首を捻り、その後「あっ」と口を動かした。


「じゃあ私と二人で出掛けるときは私がお金出すよ」

「え」

 あれ、聞き違い?

 何かとんでもないアイデアが春野の方から聞こえてきた気がするんだけど。耳の穴かっぽじった方がいいかな。お医者様に耳を診てもらった方がいいかな。

「ご飯代はさすがに自分で出してほしいけど、電車代とか入場料とかなら何とか黒山君の分も出せると思うからさ。それなら文句ないでしょ」

「待て、わかった。お前が行きたいっていう場所には付き合う。あとやっぱ自分で払うからおごりは不要だ」

 春野に諸々の費用を負担してもらうとなったらいよいよ春野に頭が上がらなくなる。

 それにそういうことをしてもし日高に、もっと言えば春野の御家族にバレたらものすごく厄介な事態が巻き起こるのは明々白々だった。

「え、そう?」

「ああ、ホントに大丈夫だ」

「ん、それじゃよろしくね!」

 間もなく電車がやって来るというアナウンスがホーム内のスピーカーから発せられた。


「にしても、行くとしたらどこに行きたいんだ?」

「えーと、それはこれから考えようかなって」

「ハワイとかは行く金ないぞ」

「私もそんなお金ないから安心していいよ」

「それじゃ九陽高校とかか」

「私達が今まさに毎日通ってる学校なのにどうしてわざわざ?」

「安達の家とかどうだ? 結構遊びに行ってるだろ」

「ミユちゃんの住んでる所へ二人きりで出掛けて何をどうするの」

「安達と春野の二人で楽しんでもらってお邪魔になった俺はお先に失礼しようかと」

「……私の方で行き先考えとくから黒山君は口出さないで」

 なぜ? 俺も一緒に行くんだから俺の意見もある程度尊重してほしいんですが?


 やがて電車が俺達の目の前に進み出て、ブレーキの音を立てながら停まった。

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