第九羽 俺も君も決して
「君の意志を殺して、俺が、俺の意思を叶えさせてもらいにきたよ」
「ど、どういうこと?」
威風堂々に豪語したが、支離滅裂過ぎたが故に、若干引き気味になってしまっていた。
「どうやら俺は君の心情までは理解できないけど、今どんな状況下に居るのかが、分かるらしいんだ」
「……!」
その一言に一瞬の動揺こそあったものの、すぐさま整った顔立ちに立て直して、まるで冷徹な雪女のように冷ややかな目を向ける。
「そうなんだ。でも、別に私困ってないから」
「さっきも言ったように、君の意志は全く、関係無いんだ。俺が満足するためだけに此処に来たんだ」
「ちょっと身勝手過ぎるんじゃない? 第一、その意味が分からないし、何がしたいのか正直……」
「じゃあ……直球で言わせてもらうよ。自殺願望者の真っ暗な期待を粉々に打ち砕きにきた。これで、ちょっとは分かってくれていると助かるんだけど」
「……。どうして?」
「そんなの決まってる。俺の頭が最高におかしいからだよ。だから、真っ赤な他人の君の事に、馬鹿みたいに命懸けになってんだ」
「……」
「死体とお喋りする趣味も無いし、気になった人の悲しい顔を見るのも好きじゃないよ。まぁ、俺は喧嘩も強くないし、頭もあんまり良くない方だから、できることは少ないけど、その不似合いな天の輪が無くなるまでは、絶対に君を目の敵にする輩から、烏滸がましいけど守らせてほしいんだ」
「……輪?」
「昔、母親の願いから見えるようになった力なんだけどさ。若干トラウマみたいになってて、結構夢に出てたんだけど、今じゃ、こうして君のためになってるんだから、きっと母さんも喜んでるよ」
「願いって?」
「最期の言葉だよ。願望ってよりも、命乞いに近いのかな?」
「……」
まるで悟りを開いたかのように、その先々の言葉に瞬時に予想してゆき、顔を真っ青に染めていく。
「聞きたいなら、喜んで話すよ」
「いい、いらない。そんなの……欲しくない」
「良かった…。あんまり良い思い出じゃないから、頼まれていたとしても若干、悩んでたよきっと」
「もうその気持ちだけで嬉しいから、早く帰って、戻ってくれない? 話も……終わったんだもんね? 」
君が俺と目を合わせてくれないのは、俺が他者たちと同様に、鋭く突き刺すような眼差しと、痛いげな仔猫を憐れむような声をしていたからに他ならないのだろう。
「今日は、また明日は、って続けば、時間が必然的に解決してくれるなら、良いんだ、それで。でも、その言葉の割には、俺の気のせいでなければ、日に日にその色が濃くなっているように見えるんだよ」
「一時的なものなんじゃなかな。そう、きっとそうだから、私は大丈夫だから! 構わなくていいの」
「き、きっといろんな悩みがあるんだろうけどさ、どうせ一瞬の事だから、いや環境さえ変えれば……それよりも他の奴らと関わったら、少し楽に……」
何言ってんだ、そんな救いにもならない言葉を、冷や汗を絶え間なく滲ませながら、適当に吐露し、相手の移りゆく表情にばかり囚われ、本当の答えが朦朧として、雲を掴むかのように見つけられない。
「ねぇ! 何が言いたいの?」
「俺はただっ! ただ誰かを見殺しにしたくない……それだけだよ、本当にそれ以外に見つからない」
「……。ねぇ、貴方はテレビで淡々と流れる死人なんかの被害者の報道に涙を流したことがあるの?」
「えっ?」
「私はない。これまでも、これからも」
「……」
突き放すようなその言葉に、続け様に吐く不恰好な台詞が喉に突っかかってしまった。
でも、きっと物事は単純なんだろう。
俺があいつに助けを求めたように、大野先生が自らの意志で此処に来たように、俺はただ単に――。
「多分、今までもこれからもあまり感じる事はない。でも、今はいる。君が傍にいるから。もう誰も……死にたくないし、死なせたくないんだ……。だから、今ここにいる。此処にいる君を助けたい」
「私の事を何も知らずに、何も知らない癖に、身勝手に人の役に立ちたいなんて言うの?」
「あぁ、だから聞かせてほしい。その全てを」
君が本当に願えば、俺はまるで夢の中の人物のように、その視界から跡形もなく姿を消そう。
「だから、絶対に君を守るよ。俺のために」
「自分勝手だね」
「あぁ、それが俺の良さかもしれない」
彼女に徐に手を差し伸べる。きっと目瞑っていても分かってしまう程に、柔くひんやりとした掌が、そっと優しく重ねてくれた。
「ありがとう」
「ちょっと気が早いんじゃない?これからだよ」
「そうだね、そうだったね。ふっ、ふふ、はは」
「はは、ははは」
彼女の屈託のない笑みに釣られてしまって、つい微笑んでしまった。まるで天使のように綺麗だけれど、きっと君に天の輪も純白の両翼も似合わない。
明日からは優雅に大地を突き進む姿が見たいな。
そして、家の前までたわいもない弾んだ会話を、幾度となく重ねて、とうとう辿り着いてしまった。
「またね」
「あぁ、また明日」
いつもの自らの伸びた影を俯きに眺める日々とはまるで異なり、僅かに軽快な足取りで進んでいく。
ようやっと、静寂極まる自宅に着く。
何気なく洗面台の鏡に目を向ければ、そこには天の輪を頭上に載せた俺の姿があった。
「はは、マジか」
波乱な人生もいよいよ大詰めらしい。
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