第5話 お姉様たちにも心配をかけてしまった様です

 馬車が屋敷の中に入っていくと、大勢の人が待っていた。その中には、お姉様とお義兄様の姿もある。お義兄様が抱っこしている子が、きっと甥のグランね。


 馬車のドアが開き、ゆっくり降りると


「キャリーヌ!可哀そうに、こんなにやつれてしまって。なんて事なの?あの王太子、絶対に許せないわ。私の可愛いキャリーヌに、こんな酷い仕打ちをするだなんて」


「義父上から通信が来た時は驚いたよ。まさかマディスン公爵令嬢に一方的に婚約解消を申し出ただけでなく、側妃になれと迫るだなんて…その上、自分の思い通りにならないからといって、牢にぶち込むだなんて」


「本当よ。あの男、どうしてもキャリーヌと結婚したい、結婚できないなら王位を継がないと言って駄々をこね、無理やりキャリーヌを婚約者にしたのに!こんな仕打ちをするだなんて!だから私は、最初からサミュエル殿下とキャリーヌを婚約させた方がいいと言ったのよ!」


「アリーナちゃん、落ち着いて。キャリーヌさんもきっと疲れているでしょう。外では何ですから、どうか屋敷に入ってください。ゆっくり話をしましょう」


 この人は、お義兄様のお母様ね。一度だけお会いしたことがある。後ろには優しい眼差しでこちらを見つめている、元クレスティル公爵様の姿も。


「元クレスティル公爵、夫人。お義兄様、お姉様、急に押しかけてしまい、申し訳ございません。どうかしばらく、私をこの家においてください。よろしくお願いします」


 すっとお姉様から離れ、挨拶をする。たとえ姉の家とはいえ、私は居候の身。身分をわきまえて生活をしないと。


「キャリーヌ、そんな事は気にしなくていいのよ」


「そうよ、キャリーヌさん。ごめんなさい、私たちがこの屋敷にいたから、気を使ったのね」


「だから言っただろう。キャリーヌ嬢が気を遣うから、わざわざ私たちが出迎えるのは避けようと!それをお前が」


「だって、こんなにも酷い仕打ちを受けたキャリーヌさんを、放っておけないじゃない」


 何やら元公爵と夫人が言い合いを始めたのだ。


「お義父様もお義母様も落ち着いて下さい。キャリーヌ、お2人は普段領地で生活をしていらっしゃるのだけれど、あなたの事を聞いて、心配してすぐに駆け付けて下さったのよ。お義母様はすぐに陛下に、キャリーヌの長期滞在許可証の発行の手続きを依頼してくださったの」


「まあ、そうだったのですね。私の為に、ありがとうございます」


 お義兄様のお母様は、元王女様。カリアン王国の現国王陛下の妹君と聞いたことがある。そんな方まで、私の為に動いて下さっただなんて…


「私は当たり前の事をしただけよ。そもそも、王族の権限を私欲の為に振りかざすだなんて、アラステ王国は一体何をしているのかしら?そんな人間が、国王になれるはずはないわ。なったところで、他国から総スカンをくらうまでよ。既に今回の事件は、私がしっかりとお兄様やお義姉様に伝えておいたわ。2人とも、かなり引いていたわ」


「これからアラステ王国は、少し混乱するかもしれないね。第一王子で王太子でもあるジェイデン殿下があれでは、貴族の中には彼を廃嫡しろという声が上がる事は間違いない。既に大貴族でもある、マディスン公爵家を敵に回したのだから。どうやらマディスン公爵は、第二王子のサミュエル殿下を王太子にと考えている様だし。これから熾烈な争いが始まるかもしれないな」


「父上、キャリーヌの前で、少し話しすぎですよ。さあ、キャリーヌも疲れただろう。屋敷に入ろう」


 お義兄様が屋敷に促してくれた。


 お父様は今、サミュエル殿下を次期国王にするために、動いているのね。お父様としては、このままジェイデン殿下が王位につかれると、何かと厄介だと考えたのだろう。確かに今後、熾烈な王位争いが始まるかもしれない。


 そうなれば貴族界は大混乱するだろう。もし私が側妃を受け入れていれば…て、どう考えても無理だ。


「キャリーヌ、そんな顔をしないで。慣れない土地で大変かもしれないけれど、私がしっかりあなたを支えるわ。そうだわ、この子があなたの甥のグランよ」


 目の前には、お姉様に抱っこされたグランがこちらを見つめていた。


「なんて可愛いのかしら?初めまして、私はあなたの叔母の、キャリーヌよ。よろしくね」


 そう伝えると、何と手を伸ばしてきてくれたのだ。


「どうやらグランもキャリーヌを気に入った様ね。とにかく今日は、ゆっくり休みなさい。ここに来るまで、ずっと馬車で寝ていたのでしょう?公爵令嬢のあなたが、こんな過酷な旅を強いられるだなんて…」


 お姉様の目から、涙が溢れていた。お義兄様も元公爵夫妻も辛そうな顔をしている。


「お姉様、泣かないで。私、王都からほとんど出たことがなかったでしょう。だから、なんだか大冒険をしたみたいで楽しかったのよ。それに、クラミーも傍にいてくれたし」


「あなたはいつもそうやって、私たちの事を考えてくれる優しい子なのよね。それなのにあの王太子!絶対に叩きのめしてやるわ」


 泣いていたかと思うと、今度は怒り出したお姉様。ただ、お姉様の怒った顔が怖かったのか、グランが泣きだしてしまったのだ。


「ごめんね、グラン」


 お姉様が必死にグランをあやしている。お姉様が子供をあやすだなんて、なんだか不思議ね。


 カリアン王国に来て、不安な事も多いけれど、それでも私の事を心配してくれるお姉様家族。そんな彼らの優しさを無下にしないためにも、しっかりこの地で生きていかないと。

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