第11話

「なんか聞こえる?」

「なんか言ってるわ」

「どこ?」

「どいて」

「ちょっと尻尾引っ張らないで」

「やめて」

「どいて」

 ハダカデバネズミたちは何やらもめている様子だった。

「あの、ここです」レイヴンは辛抱強く声を張り上げつづけた。「あなた方に危害は加えません。どうか穏便に、話を聞いてください」

「なんか言ってるわ」

「どいて」

「尻尾引っ張らないで」

「なに?」

「どこ?」

「あの、あなた方より少し大きくて、歯も大きくて毛が生えてて、尻尾が長くて滑るように速く走る生き物を見かけませんでしたか?」レイヴンは、オリュクスの特徴を叫び伝えた。

「なんかいろいろ言ってるわ」

「あれこれ言われてもわかんないわ」

「無理よ」

「わかりやすい人生を用意して欲しいわ」

「ええと、あの」いったい何をどう言えば対話が成立するのだろう。レイヴンは焦燥の極みに立たされた。


「いったい何事ですか。ずいぶんと騒々しいけれど」


 その時、凛と張りのある声が響いた。

 ハダカデバネズミたちは静かになり、レイヴンははっと目を見開いた、だがどの者がその声を響かせたのかわからなかった。

「女王だわ」

「女王が来た」

「まあどうしてこんな所に女王が来るのかしら」

 一瞬静まり返ったハダカデバネズミたちだが、喧噪はすぐに復活した。

「ねえ、女王っていつまでいるのかしら」

「さあ、わかんない」

「私次の女王になりたいんだけど」

「私もよ」

「私も」

「みんなそうよ」

「あなたたち、私が通りますよ。失礼」凛と張りのある声が再び響き、続けて、

「ぢゅー」

「ぎゅー」

「ぐー」

「みちゅー」

「むちゅー」

「げちゅー」

という、なにか押しつぶされたような声が続いた。

「な、なんだ」レイヴンはすっかり困惑したが、何かが自分の今いる場所へ近づいて来ようとしているらしいことだけは判った。

「ぎぐー」その声を最後に潰されたような声は途絶え、その直後、さっき砂煙の上がった穴から一匹のハダカデバネズミがぬっと顔を出した。

「あっ」レイヴンは驚いたが「こ、こんにちは。ぼくはレイヴンです」と挨拶した。

「あらこんにちは、レイヴン」そのハダカデバネズミは、初めてレイヴンと対話をしてくれた。凛と張りのある声の主だ。「私たちに何かご用?」

「あ」レイヴンが返事をしようとした時、彼女の周囲の土がばらばらと崩れ、穴が広がって彼女の周囲に何匹ものハダカデバネズミがひしめき合いながら顔を覗かせた。「うわ」レイヴンは返事の代わりに吃驚した声を上げてしまったのだった。

「何か言ってるわ」

「なに」

「レイヴンって言ったわ」

「レイヴンってなに?」

「食べ物かしら」

「よく見えないわ」

「女王が邪魔だわ」

「女王は何してるの」

「どうして女王がこんな所にいるの」

「あなたたち」女王、と呼ばれたのだと思われるその凛と張りのある声の主が、首をふるふると左右に振りながら大きな声を上げた。「私の部屋を掃除して。それからおやつと、今日の夕飯の準備をして運んでおいて。赤ちゃんの分もね。さあ行って」

「わかったわ」

「いいものを手に入れましょ」

「一度にたくさん言われても無理だわ」

「複雑だわ」

「わかりやすい人生を用意して欲しいわ」ハダカデバネズミたちは女王を残して全員穴の奥へ引っ込んだ。

 ほう、と思わず安堵の息をつくレイヴンだった。

「ごめんなさいね」女王はレイヴンに微笑みかけた。「それで、あなたは私たちにどんなご用なの?」

「あ、実はぼくたちは仲間を探しているんです」レイヴンはもう一度、オリュクスの形態的特徴を女王に伝えた。「見かけたことはありませんか?」

「私は、ないわ」女王は思い巡らせながらゆっくりと答えた。「他の子たちには、もしかしたらあるかも知れないけれど」

「あ」レイヴンは少しだけ希望を取り戻した。「あの、皆さんに確認していただくことって、できます、か……?」だが質問の言葉を発しながら、彼には女王がなんと答えるか予測できてしまい、その口調は弱々しくなっていった。

「できないわ」女王は小さな肩をすくめて予測通りに答えた。「あの子たち、たとえあなたの仲間を見かけていたとしても、それを私に話したりしないわ」

「ど」レイヴンは戸惑いながら質問した。「どうしてですか?」

「忙しいからよ」女王はもう一度肩をすくめた。「掃除や食餌の支度やいろんな仕事があるから。余計な話をしている暇がないの」

「で、でも」レイヴンは、さっきの喧噪は余計な話ではないのか、と思ったがそれは口に出さず「女王が訊ねたことには皆、きちんと答えなければならないのでは?」と訊いた。

「女王?」女王は首を傾げた。「誰が?」

「え」レイヴンは目をぱちくりさせた。「あなたが、女王でしょう?」

「私?」女王は首をふるふると振った。「いいえ、私はただの出産担当よ」

「しゅ」レイヴンの頭はこんがらかった。「え? でも皆あなたのことを女王って」

「あの子たちまだ出産してないから、そう思っているだけなのよ」

「出産、していないから?」

「ええ。私もそうだったんだと思うわ、出産するまでは。出産できるのは女王だけで、その女王が死ぬまで交代はできない。だから」

「──」

「女王が死んだら、次は自分が女王になるんだって」

「──」レイヴンは無意識のうちに後ずさりし始めていた。「あなたは、皆から尊敬されてはいないんですか」

「尊敬?」女王はもう一度首を傾げた。「私が、どうして?」

「だって……女王、と呼ばれているからには」

「出産したら、皆気づくのよ」女王は少しずつ遠ざかるレイヴンを特に追いかけもせず、ただ見送りながら頷いた。「これは出産という仕事を担当する役目なんだって。別に女王ではないんだって。私もそうだったわ」

「ああ……なるほど」レイヴンは、自分の声が相手に届いているかどうか自信がなかったが、最後には理解しましたという態度を見せた上で辞そうと願っていた。「わかりました。どうもありがとう」

「でもねレイヴン」女王は最後に言った。「出産担当って、すごいわよ。女王なんかより、ずっと楽しい」そしてにっこりと笑った。「気をつけてね。さよなら」

「あ」レイヴンは最後に頭をごつんと殴られたような感覚を受けた。「さよなら、お元気で」

 女王が地下に引っ込む前になんとかそう告げたが、女王がそれを聞いたかどうかはわからなかった。

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