やさしいひと

@Soumen50

第1話


村から出て明日の授業で使う薬草を探す。


吉羅きら草はきれいな清流に生える草。


村の傍に生えていない事は分かっている。


川に沿って森へと足を進める。


時々川の水に手を浸し、ぱしゃりと川面に水を投げながら。


辺りが春になったというのに、遠い山から流れてくる雪解けの冷たい水は冬の跡をしつこく残している。


早く見つけないと、指先がしもやけになりそうだ。


私は冷たくなった手にはぁっと息をかけ、また水を掬った。


と。



「あった………」



透き通る程薄く細い葉が風に揺らめいている。


私が浴びせた水がその葉を濡らし、光を反射して、とてもきれいだ。


私は川の水に足が入ってしまわぬよう右手だけを伸ばした。


冷たい水に入るのは、嫌だ。


が、届かない。


体も伸ばしてその葉を掴もうとする。


バランスを取る為に左手は後ろに残して………


体を出来るだけ伸ばして………


もうちょっと………


後少し………


あと………す…こっ………



「エマっ!」


「ぇっ?!あっ………」



後ろから掛けられた声にバランスを崩した。


落ちるっ!


私は目を閉じ、冷たい水に頭から入る覚悟を決めた。


が、次の瞬間、私は誰かに腕を引かれ、あまつさえ誰かの胸の中に抱き竦められた。


たくましい腕。


厚い胸板。


とはいかない所が逆に、これが現実だ、と私に教えてくれる。


まぁ、どちらもどきりとする程に引き締まってはいるけれど。


それに………とても安心する香り。


私は目を閉じたまま深く息を吸った。


お日様の下、たくさん働いてたんだろう。


小さい頃から変わってない、温かい香り。



「危なかったね、エマ。あのままだと川に落ちるとこだよ」


「………あなたの所為で危なくなったのよっ!ロンっっ!!」



私はロンの腕の中から身を捩って飛びだした。


私っ!


ロンの香り嗅いでた!!



「もうっ!後少しで吉羅草に手が届く所だったのに!」



私は照れ臭さを隠す為にロンに当たった。



「吉羅草?あぁ、あの草の事かい?」



ロンはにっこり笑って川の中に足を入れた。



「やっぱりまだ冷たいな」



なんて言いながら、吉羅草に手を伸ばす。



「ぁ!待って!不用意に触っちゃダメっ!」


「え?ぁ?あぁぁっっ!!」



私の声はロンの手を止める事が出来なかった。


吉羅草はロンの手が触れた場所から枯れてしまった。


私は思いっきり大きく息を吐いた。



「あ~~エマ、ごめん………どうやれば良かったんだい?」


「草の葉に水をかけた人が触らないといけないの。元々恥ずかしがり屋の草だから」



ロンは首をかしげた。



「………説明してあげるから、上がってきたら?」



私の言葉にロンは笑顔になった。



「良かった。そろそろ足の先が凍りつきそうだって思ってたんだよ」



私はバックの中からタオルを出し、ロンが岸に上がるのを見ていた。



「さ、ブーツを脱いで。これで拭いてあげるわ」



ロンは言われるままに近くの倒木に腰掛け、ブーツを脱いだ。


ブーツをひっくり返すと、じゃぁぁっと水が零れた。


当然、靴下もズボンの裾も濡れている。


私はロンの足元にしゃがむと、ズボンのすそを捲り、靴下を脱がせ、タオルで足を拭いた。


ロンは靴下を搾る。


勿論、私に水がかからないように、だ。


薬草の取り扱いは出来なくても、そういう事はきちんと考えて出来る人だから。



「ごめん、エマ。あの草、必要だったんだろう?」


「まぁ、そうだけど、探せばあるから平気よ」


「そうか………ねぇ、エマ。恥ずかしがり屋の草ってどういう事?僕、あの草、初めて見たけど、それが関係してるのかい?」



私はロンの足を拭き終わったので、彼の隣に腰掛けた。


靴下もブーツも乾くにはお日様が落ちてきている。


家までは裸足で帰んなくちゃいけなくなっちゃったのに、ロンは気にしてないようだった。



「そうね………あの草は普段、目に見えないの」


「え?」


「そこにあるのだけど、姿を隠してる」



ロンは顔を顰めた。



「だってさっきは見えていたじゃないか」


「えぇ。太陽の元、水を浴びれば姿を現すの。私はあの草を探す為に、川の中の怪しい場所に水をかけてたって訳」



ロンは頷いた。



「見えるようになったら、水をかけた人間だけがその草を手に取る事が出来る。他の人間が手に取ったら……」


「枯れてしまうんだね、さっき僕がやったように」


「えぇ、そうよ。明日授業に使う為に探していたの。まだ日もあるし、もう少し探してみるわ」



私は立ち上がった。



「ロン、私が川に落ちるのを阻止してくれてありがとう。ブーツと靴下、濡れてしまってごめんなさい。もう行くわ」


「ぃや、僕の方こそ………」



私は最後まで聞かずに踵を返した。


日が落ちてしまっては、吉羅草は見つけられない。


なにより日が落ちる前に村に帰らなければ、森の奥から悪しき物が出てくる。


大抵の事は魔法で何とかなるとは思うけど、正直、どうなるか分からない。


私は川の水に手を入れて、川の中に水をかけながら歩いた。

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