第7話 壊れた仮面 ⑦

玲子の不安は的中した。ある朝、彼女が目を覚ますと、玄関のドアに無数の記者たちが群がり、フラッシュが一斉に焚かれていた。彼女の心は冷たい鉛のように沈んだ。玲子はベッドから起き上がり、窓の外を見た。記者たちが口々に彼女の名前を呼び、無遠慮な質問を投げかけている。


「桜庭玲子さん、不倫疑惑について一言お願いします!」


「雅也さんとルカさん、どちらが本命ですか?」


玲子はその光景を見つめながら、胸が締め付けられるような痛みを感じた。彼女のプライバシーが無慈悲に暴かれ、彼女の人生が無防備に晒されていた。


リビングルームに下りると、直人がテレビの前に立っていた。ニュース番組の特集が玲子のスキャンダルを報じていた。彼は無言でテレビを見つめていたが、その背中には深い失望と怒りが滲んでいた。


「玲子、これは一体どういうことなんだ?」直人は静かに、しかしその言葉には鋭い刃のような怒りが込められていた。


玲子は何も答えることができず、ただ頭を垂れた。「ごめんなさい、直人…私は…」


その時、玄関のドアが激しくノックされた。記者たちが無理やり中に入ろうとしているかのようだった。直人はドアに向かい、大きく息を吸い込んでから開けた。フラッシュが一斉に焚かれ、質問の嵐が直人を襲った。


「ご遠慮ください。ここは私たちの家です。」直人は毅然とした態度で記者たちを制止したが、その目には深い疲労が浮かんでいた。


玲子はその光景を見ながら、心の中で叫びたくなる衝動を抑えていた。彼女はリビングルームの隅に座り込み、無力感に包まれた。


「どうしてこんなことに…」玲子は心の中で呟き、涙が頬を伝った。


テレビの報道は続き、玲子のスキャンダルは全国に広がっていた。彼女の名声とキャリアが一瞬で崩れ去るのを、彼女はただ見つめることしかできなかった。ファンや業界からの信頼を失い、彼女の心はさらに壊れていった。


その日の午後、玲子は事務所に呼び出された。マネージャーの顔には深い憂慮が浮かんでいた。「玲子さん、この状況は非常に厳しいです。スポンサーからもクレームが来ていますし、今後の仕事に大きな影響が出るでしょう。」


玲子は無言で頷き、重い足取りで事務所を後にした。彼女の心は絶望で満ちていたが、同時に何かを決意する必要があることを感じていた。彼女は歩きながら、自分の心の中で何度も問いかけた。「私は何をすべきなのか?」


帰宅すると、直人がリビングルームで子どもたちと遊んでいる姿が目に入った。子どもたちは母親の変化に戸惑い、何が起きているのか理解できずにいた。玲子はその無垢な瞳を見つめながら、胸が張り裂けるような思いをした。


「ママ、何があったの?」長女の美咲が心配そうに尋ねた。


「何でもないの、美咲。ただ少し疲れているだけよ。」玲子は無理に微笑んで答えたが、その声は震えていた。


その夜、玲子は再びリビングルームに一人で座っていた。キャンドルの炎が揺れ動き、静かな光を放っていた。彼女はその光を見つめながら、自分の人生がどれだけ壊れてしまったのかを痛感していた。


「どうして私はこんなことをしてしまったのだろう…」玲子は心の中で問い続けた。


その時、電話が鳴った。玲子はそれを取り、耳を当てた。


「玲子さん、僕です、雅也です。今の状況は知っています。何があっても、僕はあなたを支えます。」


玲子はその言葉に涙を流した。「ありがとう、雅也さん。でも、私にはもう何も残っていないの…」


「そんなことはない。君には僕がいる。君がどんなに辛くても、僕は君のそばにいるよ。」


玲子はその言葉に少しだけ心が温かくなるのを感じたが、同時に彼の存在がさらに自分を苦しめていることも感じていた。彼女は電話を切り、再び静かなリビングルームに戻った。


翌朝、玲子は仕事のために外出しようとしたが、玄関の前には再び記者たちが群がっていた。彼女は深呼吸をして、ドアを開けた。フラッシュが一斉に焚かれ、記者たちの質問が飛び交った。


「桜庭玲子さん、不倫疑惑について一言お願いします!」


「家族の反応はどうですか?」


玲子は無言で車に乗り込み、事務所に向かった。彼女の心は重く、無数の視線が彼女を追い詰めるように感じた。


事務所に到着すると、マネージャーが彼女を迎えた。「玲子さん、これ以上の騒ぎを避けるために、しばらくメディアから距離を置くことを考えています。」


玲子はその提案に同意するしかなかった。「分かりました。しばらく休養を取ります。」


それからの日々、玲子は自宅で静かに過ごすことにした。しかし、家の中にいても心は安らぐことなく、外の世界から隔絶された孤独感に苛まれた。彼女の心には、社会的制裁の冷たい刃が深く突き刺さっていた。


夜になると、玲子はキャンドルの光に照らされたリビングルームで、一人静かに座っていた。彼女の心は壊れた仮面のように、どこにも逃げ場がないまま漂っていた。家族のために、そして自分のために、彼女はどうするべきかを深く考え続けた。


「私は何を失ったのか、そして何を取り戻すことができるのか?」玲子は心の中で問い続けた。


その夜、玲子は静かなリビングルームで、自分自身と向き合う決意をした。彼女の心は深い絶望に包まれていたが、同時に新たな希望の光を探し求めていた。

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