まさかの公爵家のご令嬢でした

「失礼するわ」


一応断りを入れてから部屋の中に入る。


(綺麗ね…)


私は、今目に映ったものの美しさに思わず目を見開いた。天蓋付きのベットに座る、気を付けなければ今にも折れてしまいそうなほど華奢な儚げな美女。その美しい黄金の髪に日の光が当たり、眩いばかりに輝いている。魔界でもかなりの上位に食い込めるほどの美貌だ。


「あの…ここはどこでしょうか?」


少しこちらの様子を伺うように女の子が尋ねる。宝石と見違うほどに綺麗なエメラルドの瞳には、困惑と恐怖の色が浮かんでいる。


「…あぁ、そうね。ここは魔界よ。あなた、魔界の端っこに捨てられていたのよ」


しばらく呆けた後、ようやく私は我に返り、急いで答える。しかし、その答えに女の子の顔は強張った。


「魔界…そうですか…」


(そうか、あちらの国では魔界は邪悪の場所なんだっけ)

アネモネ王国を含む、人間界の魔界への共通認識を思い出した。こちらに害意はないし、いたって平和で暮らしやすい場所なのだけど…


「このような寛大な処置を施してくださり、ありがとうございます。私の事はいかなようにもなさってください」

女の子はベットから降り、私たちの前に跪いてそう言った。予想外の行動に、私は動揺する。別にどうこうしようって訳でもないのだけど!


「あ、頭を上げて!あなたに何かをしようって訳ではないわ!ただ純粋に助けたかっただけなの。あなたを害そうなんて思ってない!」


急いで弁明し、顔を上げさせる。


「本当ですか?魔族が人間を殺さないなんて…」

「それは大きな誤解よ!私達は人間と戦いたい訳じゃないの!でも、人間が攻めてくるから、仕方なく応戦しているだけよ!」


思わず強めの口調で言ってしまう。でも許して欲しい。だって、人間界では魔族が人を害する者、攻めてくる者だと思われてるなんて。この子が悪い訳じゃないのはわかっているけど、少し苛立ってしまう。


「団長、落ち着いて!あなた、その顔立ちのせいで、少し苛立っただけでも怖いんだから!ごめんね。もしよければ名前を聞いてもいいかな?」


慌ててカインが止めに入り、女の子に名前を尋ねた。


「申し遅れました。ヴェイン公爵家が娘。リーリエと申します。ですが、国外追放された身ですので勘当同然。平民です。この度は本当にありがとうございます」


そう言って女の子…いやリーリエは綺麗なカーテシーをしてみせた。ある程度予想はしていたけれど、公爵家のご令嬢か…


「さっきはごめんなさい。私の名前はアナベル。ヴェイン公爵家、アネモネ王国の筆頭貴族ね。そのご令嬢がどうして魔界に捨てられるのかしら?それに長女は第一王子と婚約中だったはずじゃない?」


平常心を取り戻し、謝りつつ私は彼女に疑問を投げかける。公爵家の令嬢よ?花よ蝶よと屋敷で育てられているんじゃないの?


「それが…。バカ王子…私の婚約者であった第一王子から、浮気された上に、可愛げがない、浮気相手を虐げたと婚約破棄を言い渡されまして。やった覚えのない罪を着せられ、問答無用で国外追放されてしまいました。実家からは見捨てられ、身一つで追い出されて捨てられたようです」


リーリエが淡々とこれまでの経緯を説明した。攻めてくるたび思っていたけど、アネモネ王国の王族、上層部が碌でもないな…


「その婚約者、アネモネ王国の王族でも上位に食い込むロクでなしね。それにしてもあなた細いわね?どうしたの?」

「あぁ、実母が亡くなった後に父が再婚した、継母と義妹に虐げられていまして、生きられる分くらいしか食事を与えられていませんでした。父は見て見ぬふり、使用人達もみんなあちらの味方でしたから」


予想以上に酷い内容に思わず眉を顰める。カイトは目を見開いているし、アシュリーはアシュリーで、その目に王子と公爵家の連中への軽蔑の色が浮かんでいる。


「そう…よく、よく頑張ったわね。えらいわ」


気づいたらリーリエを抱きしめていた。だって、淡々と話しているけれど、今にも消えてしまいそうで、辛そうだったんだもの。もう、心が壊れかけてしまっている。


「本当に頑張ったのね…辛かったわよね。もう安心して。ここにはあなたを虐げる継母もいなければ、浮気をして、濡れ衣を着せるバカな王子もいないわ。だから、今まで我慢していた分思いっきり泣きなさい」


私は、幼子をあやすようにトントンと彼女の背中を叩く。すると、ここは敵地ではないとやっと安心できたのか、リーリエは堰を切ったように泣き出した。

幼い頃からの婚約者には浮気され、毎日のように継母から行われるいじめ。肉親である父親にすら裏切られたたこの少女は、一体どれだけの我慢をしてきたんだろう。16、7歳そこらの少女が受ける仕打ちにしてはあまりにも惨い。


「っ……、ぅ……、ぁ…」


こちらに縋り付くように泣きじゃくるリーリエの姿はまるで、初めて泣いてもいい事を知った。小さな小さな子供のようだった。

☆ ☆ ☆

泣き疲れて眠ってしまったリーリエをベットに戻し、私は部屋を出る。

行き先は、オースティンがいるであろう執務室。執務中だろうけど、今日は謁見の予定はなかったはず。


「急ぐわよ」

「はーい」

「かしこまりました」

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