第76話 2と×の戦い ―黒曜―

    ◇   ◇   ◇




 つむぎは初め、突如として現れたそれが、誰なのか分からなかった。


 よく見知っているはず、あるいはだからこそ、彼が真堂護なのだと気付かなかった。


 ゆらりと上げられた護の顔の右半分は、炎をまとっていた。


 全身に刻まれた深い傷跡、それを覆うように、『火焔アライブ』が揺れていた。


「あれは――」


 立ち上がり、距離を取った紡は、息を呑んだ。


 護の吹き飛んでいた右腕。そこには腕ではなく、炎の剣が作られていたのだ。


 肘から先、炎を圧縮して鍛え上げられたその剣は、両刃にゆらめく紋様を持つ。


 これまでも護が炎を圧縮して火力を上げる様子は見てきた。


 しかし、ただ見ただけでも、その剣がこれまでの炎とは一線を画すものであると、理解できた。


 あれで、化蜘蛛アラクネの刃脚を切り飛ばしたのだ。


「ぁあ──」


「──」


 剣を構え直し、護が化蜘蛛アラクネを見上げた。


 その瞳に刻まれるのは『×ツー』の一文字。


 青と赤。


 ランクツーと、位階レベル×ツー




 互いに先手は譲らなかった。

 

 炎剣と刃脚が、幾本もの剣閃を宙に残し、疾駆する。




 三本になった刃脚だが、その猛攻はこれまでよりも苛烈かれつ。一本の脚を地面に突き刺してアンカーにすることで、残りの二本を攻撃に回す。


 更にはその場で跳び上がり、三本の刃を同時に繰り出す離れ業すら繰り出してみせる。


 間違いなく、本気。


 これまで狡猾に立ち回り、確実な勝利をもぎ取ってきた化蜘蛛アラクネが初めて見せる、我武者羅がむしゃらな戦闘だ。


 しかし、それでもなお。


 押しているのは護だった。


 魔力マナを注ぎ込んで強化している刃脚。そこに傷が増えていく。対して炎剣は時間を追うごとに輝きを増し、熱量を上げ、より速く、鋭くなっていく。


 まるで戦闘の中で、叩かれ、鍛え上げられているかのように。


 化蜘蛛アラクネとてやられっぱなしではない。上半身は激戦の中でも冷静に糸を編む。


 そして入念に準備されたそれは、護が地面に着地した瞬間、網となって地面から跳ね上がり、護を覆った。


「──シ──ネ──」


 ダメ押しとばかりに、頭上から振り下ろされる刃脚。


 必死の状況。


「──」


 その中で、護は沈んだ。そして、回る。


 それは何もかもを弾く独楽こまの回転ではなく、絡めとるような、円舞。


 柔らかく、しなやかに。


 全方位から襲いかかってくる糸を一まとめにしながら、刃脚を迎え撃つ。


 バクッッ‼︎ と自身が放った糸の爆発で、化蜘蛛アラクネが大きくった。


 あまりにも無茶苦茶な超絶技巧。敵の攻撃を斬るでも、流すでもなく、返したのだ。


 そして生まれた隙は、大きかった。


 護は沈んだ状態から、跳ね上がる。


 立ち上がりの一撃は、火山の噴火にも似ていた。



 ザンッ‼︎‼︎



 刃脚の隙間に捩じ込まれた炎剣の切り上げは、防御しようとした化蜘蛛アラクネの右腕を切断し、上半身に深い傷を残す。


 傷跡に残る炎は、魔力マナを燃料に肉を燃やし続ける。


「ッァァアア──────⁉︎」


 声にならない悲鳴をほとばしらせ、化蜘蛛アラクネは地面に倒れた。


 地面に着地した護はすぐに転身した。


 次の一撃で、決着する。


 誰に目にも明らかなその状況で、


「ッぁ‥‥!」


 ガクン、と護の膝が折れた。


 そしてそのまま、受け身もとれず地面に倒れる。まさしく、糸が切れた人形のように。


「ぐっ、がはっ‥‥はっ‥‥」


 何が起こっているのか分からなかった紡にも、護に何が訪れたのか分かった。


 オーバーヒートだ。


 明らかに護の本来の実力を超える火力、動き。たった十秒にも満たない時間。限界を超えた代償が、重くのしかかったのだ。


 炎剣は消え、身体を再生していた炎も消えかかっている。もう数分ともたず、護はドロップアウトするだろう。


「シネシネシネシネェェエエエエエ!」


 狂乱の化蜘蛛アラクネが立ち上がった。身体の各所から火の粉と黒煙を噴き出しながら、


 それでも立ち上がり、刃脚を振り回す。


 絶体絶命の状況で、紡は倒れる護と目が合った。『Ⅰ《ワン》』に戻った瞳は、この状況でも輝きを失わず、紡を見ていた。


「‥‥」


 まるで、何かを訴えかけるように。


「まさか、いやでもそれは──」


 何をしようとしているのかは、分かる。


 今はそれしかないということも。


 化蜘蛛アラクネに蓄積されたダメージは重い。あと一撃、強力なあと一撃を入れることができれば、勝機はある。


 しかし現実的に考えた時、それは不可能だ。


 その一撃を入れるのが、どれ程遠い道のりか。


 少なくとも、今まさにとどめを刺されようとしている今、紡の力だけで打開は不可能だった。


 そう、紡一人では。


「おい貴様ぁぁ! こっちを向けぇえええ!」


 精一杯の虚勢を張り上げた声が響いた。


「――」


 化蜘蛛アラクネが振り向いた先にいたのは、あまりに脆弱な、村正ただ一人。


「クラブに行ったことはあるかよ、レディ?」


 今にも崩れ落ちそうな、震える声でそう言いながら、村正は光のアイコンを弾けさせ、魔法マギを発動した。


 『フラッシュバン』。光を圧縮し、指向性を持たせて炸裂させる光の爆撃。


 閃光は発狂していた化蜘蛛アラクネに見事に突き刺さった。


「ァァアアアア!」


 突如として視界を奪われた化蜘蛛アラクネは無茶苦茶に刃脚を振り回した。


 そして稼いだ数秒を、更に伸ばそうと新たな人影が割って入る。


「まだまだ終わってないぞ!」


「はぁああああああ‼」


 吹き飛ばされていた空道と騎町が、再度化蜘蛛アラクネに向かって突貫する。


 全身から赤い光が零れ、魔法マギの威力も初めより落ちている。


 それでも二人はためらわなかった。


 全ての力を使い切る気持ちで、化蜘蛛アラクネに立ち向かう。


 絶対に敵わないと知りながら、リーダーたちが、先陣を切ってそうしたように。

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