第64話 二体の鬼

    ◇   ◇   ◇




 四日目、俺たちは刃狼ソードウルフに出会わないように慎重に街を探索していた。


 探索の中で気付いたが、どうやら新しく現れた怪物モンスター刃狼ソードウルフだけではないらしい。


 ちらりと見えただけだが、空にも巨大な影が浮かんでいた。更には明らかに切り傷ではない街の傷跡。


 厄介な話だ。あのレベルの敵が複数種類となると、気を付けなければいけないポイントが増える。


 神経をすり減らしながら、街を探索し続ける。


 そうして遂に、俺たちは二つ目のメモリオーブを発見した。


「まさか、図書館にあるとはね」


「食べ物があるわけでもないし、遮蔽物は多いし、確かにわざわざ入らないかもしれないな」


 不自然に正方形に置かれた書棚。それをどかしてみると、その中央に台座とメモリオーブが隠されていた。破壊された図書館の中で、美しいその存在は、不自然にもマッチして見えた。


「戦いは短期決戦だ。今のところ敵の気配がないとはいえ、長引けば気付かれる」


 指先で糸の張り具合を確かめていた紡が頷いた。


「ここに来るまでに出来るだけ糸を張ってきたから、ランク2が来ればすぐに分かる。糸の張り方も少し工夫した。逃げる時間くらいは稼げると思う」


「いや、まあ、それに関しては凄いと思うが、そこまでするなら、もう触るのは止めた方がいいんじゃないか‥‥」


 ぼやく村正は一回無視する。


 ここまで来たら覚悟を決めてほしいが、この気質のおかげであの特異な魔法マギのスキルが身に付いたのかと思うと、案外悪いものでもない。


「村正、生き残るのが最優先なのは変わらない。もし何かあったら、頼りにしているからな」


「ぬっ、ぐぐぐ、まあ? そこまで言うのであれば仕方あるまい。俺の力がなければランク2から逃げるのは難しいだろうしな!」


 お、おおう。


 本当いきなり元気になるな。俺も一人だったから、誰かに必要とされると、それだけで嬉しくなる気持ちは分からないでもない。ただ、客観的に見ると恥ずかしいな、これ。


「じゃあ、触るぞ」


 俺は『火焔アライブ』を発動し、火を灯す指先でメモリオーブに触れた。


 瞬間、地下の時と同じように虹色が弾け、灰色の図書館が鮮烈に塗り潰される。そしてその上を走る、黒い幾何学模様。


 それらは瞬く間に形を変え、三次元に立ち上がると、二体のこまとなった。


 ランク1のタイプオーガだが、出で立ちがこれまでのものとは違う。


 筋骨隆々な巨体のオーガと、女性を思わせる細身で丸みのあるオーガ


「ゴォォォオオ――」


「ァァアアアア――」


 何だ、ランク1の怪物モンスターは基本的に統一された規格で出現する。それらの規格に名を与えたものが、タイプだ。


 今までタイプオーガとは何度か戦ってきたが、これまでの奴らとは明らかに違う。


「どういうことだ?」


 目を細め、構えを解くことなく観察する。二体はゆらりと距離を詰めてくる。


 その時、紡の切羽詰まった声が聞こえた。


異常個体イレギュラーよ! こんなものまで用意しているの⁉」


 異常個体イレギュラー‥‥って、たしかランク1の段階で他の怪物モンスターとは規格の違う個体だったはずだ。


 これがそうなのか。


 てっきり、俺はあいつが異常個体イレギュラーなのだと思っていた。


 金色のたてがみを逆立て、俺の身体を切り裂いた怪物モンスター。人語を理解し、人の様に立ち振る舞う本物の異常個体イレギュラー、レオール。


 目の前の二体が異常個体イレギュラーだったとしたら、レオールは本格的に何だったのかって話になるが、それは置いておこう。


 異常個体イレギュラーはランク2のような特殊な能力を持つわけではない。


 ランク1の力を何かしら特化させた戦闘スタイルのはずだ。


 まあ、見た目で何となく分かるか。


 ゴッ‼


 耳を叩いたのは、地面を踏み潰す音だった。


 目と鼻の先に巨岩のような拳。


「ぅっ⁉」


 腕で受けながら、外側に回って避ける。


 重い!


 直撃を避けたにもかかわらず、両腕がミシミシと音を鳴らし、吹っ飛ばされそうになる。それを軸足で強引に流し、回転。


 しかし攻撃はそれに終わらなかった。


 避けた先に突きこまれる槍の刺突。


「ぐぅ!」


 ギリギリで身体を捻って避けたが、避けきれずに脇腹を削られた。血の代わりに赤い光が零れ、衝撃と痛みに顔が歪む。


 この世界では痛みが軽減されるとはいえ、やはり受験の時に比べると痛い。


 槍と思ったものは、鬼の脚だった。


「っらぁああ!」


 全身から炎を放ち、壁を展開。そのまま後ろに跳んで距離を取る。


 はぁ、はぁ。厄介だな。


 あっちのムキムキマッチョな鬼は、拳鬼けんきとでも呼ぼうか。そして女性っぽい方は蹴鬼しゅうきオーガ異常個体イレギュラーだけあり、攻撃方法はシンプルな肉弾戦みたいだが、その威力は桁違いだ。


 今の炎で魔力マナを奪えれば良かったんだが、二体はしっかりと壁を避けた。


 ランク1なのに知能も高い。


「紡、村正、女の方の足止めできるか」


「完全には無理だけど、多少なら」


「わ、分かった」


 二体いっぺんに相手するのはきつい。どっちか一体だけでも止めてもらっている間に片方を倒す。


 今度は俺から踏み込んだ。


 連携される前に出端をくじく。


 振槍を拳鬼に叩き込むが、巨大な腕で容易く防がれる。


 まるで分厚い壁を殴ったような感触だ。


 通常のオーガなら一発で頭を吹っ飛ばす威力だぞ。本当にランク1かよ。


「ァァァアアアアア」


 ゾッ‼ と鋭い音を響かせて横合いから蹴鬼の脚を振る音が聞こえた。


 しかしそれが俺に届くことはない。


念動糸クリアチェイン


 蹴りが明後日の方向を薙ぎ、そのまま鬼は地面に転がった。


 紡が糸でバランスを崩して転がしたんだろう。便利な力だ。


「さて、お前の相手は俺だぞ」


 拳の隙間からこちらを見据える鬼の顔面が、青く1に輝いた。


 ゴガガガガガガ‼ と互いの拳が交差し、拳鬼は空を、俺は肉を殴る。


 拳鬼に避ける気配はない。


 まるでダメージなどないかのように、振槍を受けても殴り返してくる。


 凄まじい硬度の装甲だ。


 大振りの一発一発は避けるのに苦労しないが、掠るだけでも大ダメージは免れない。


 毀鬼伍剣流ききごけんりゅうの基本は、振槍で崩して閃斧などの大技を決めることだ。


 単純な振槍では崩すどころか、よろけもしない。


 だったら、火力を上げる。


 一度攻撃を止め、体内で炎を燃やすことに集中する。ホムラの『火焔アライブ』は相手の魔力マナを喰らい、己の炎とする力。


 これまでは攻撃や牽制でしか使ってこなかった炎を、喰らうために使う。


 拳鬼の一発を後ろに跳んで避けながら、俺は手首を合わせるように両手を突き出した。


「『捕食バイト』」


 炎の牙が、上下から拳鬼に食らいついた。


「ゴォォァアアアアアア⁉」


 両腕で振り払おうとするが、それの本質は炎だ。一度噛みつかれれば、そうそう逃れることは出来ない。


 ギリギリと牙が硬い装甲に食い込み、魔力マナを喰らい、燃やすのを感じる。


 これ、想像以上にキツイ。


 ただ炎を出している時とは完全に感覚が違う。しかも奪った魔力マナが内部で膨れ上がり、その制御にも神経を使う。


 ――限界だ。


「くっ!」


 制御を外れて暴れ出そうとする炎を強引に回収し、身体に戻す。


 ドクン! と心臓が破裂せんばかりに鼓動を打った。


 灼熱の血潮が頭の先からつま先までを流れる。


 自分のものではない魔力マナ。それを燃やして炎に変える。ごうごうと耳鳴りが響き、己の熱に全身が焼かれた。


 やっぱり、外部から魔力マナを供給すると、俺自身が扱いきれない。


 とにかく火力を集中させて、ぶち抜く。


 そこで拳鬼は思いもよらぬ行動に走った。紡たちと戦っていた蹴鬼の身体を掴んだのだ。


 蹴鬼はそれに動揺することもなく、両脚をつま先を揃えて固めた。


 そう、それこそまさしく槍のように。


 嘘だろ⁉


 拳鬼は身体を捻り、蓄えた力を解放する。もはや刺突ではない、力任せの投擲。


 圧倒的な質量を豪速で投げつけてくる。ただそれだけのシンプルな一撃は、凶悪そのものだ。


 拳鬼の思わぬ行動、炎を圧縮するのに集中していたことが重なり、反応が遅れた。


 避けられない。


「護‼」


 瞬間、身体が勝手に動いた。


 反射的にとかではなく、何らかの力によって文字通り勝手に身体が横に跳んだのだ。


 すぐ横を砲弾のように蹴鬼が通り過ぎた。


 これは、紡の念動糸クリアチェインか!


 腰が抜けた村正をマリオネットのように動かした時と同じように、俺に糸を巻き付けて強引に動かしてくれたのだ。


「――――」


 地面に手を着け、視る。


 視野を広く取り、左右から駆けてくる拳鬼と蹴鬼の二体を同時に視界に収める。


 壁に突き立った蹴鬼の動きに合わせ、拳鬼も走り出す。連携を重視する故に、二体が間合いに入る瞬間がある。


 俺が何かしようとしているのを悟ったのか、紡が念動糸クリアチェインを解いた。


 炎を制御しながら、待つ。


 顔面へと迫る拳鬼の拳圧で髪が揺れる瞬間、蹴鬼が飛び蹴りで一直線に突っ込んできた。


 来た。


 ッッ‼ と後ろに退いた右足で火炎を爆発させ、脚を吹き飛ばさん勢いで射出する。


 そのまま明後日の方向に飛びそうになる慣性を、体重移動でさばく。


 それは赤く鍛えられた、死神の鎌。




「『三煉閃斧さんれんせんぶ』」




 灼熱の円弧が、まとめて鬼の首を飛ばした。

 

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