第52話 創られた街

     ◇    ◇   ◇




 そこは受験の時にも見た都市だった。どこにでもありそうで、どこにもない自然な人工物の群れ。


 しかし明らかに受験の時と違うことがあった。


「‥‥随分、雰囲気出てるな」


 街は荒廃していた。


 いや、破壊されていた。


 時間経過による崩落ではなく、外的要因による崩壊。建物の至る所に傷が走り、窓ガラスは無事なものを探す方が難しい。


 巨大なビルは半ばが大きく抉られ、今にも倒壊しそうだ。


 これが適正試験の会場って時点で、どういう状況を想定した世界なのか、ひしひしと感じる。


「お、おおぅ」


 隣に降り立った村正がくぐもった声を出した。


 これはまたある意味で圧巻の光景だ。何よりも恐ろしいのは、これが作りものだと感じられないところだ。


 映画のセットを見ている感覚とは全く違う。この場に流れる死と退廃の空気は、本物だ。


 乾いた空気が、音のない風が、この街は死んでいるのだと、伝えてくる。


 てっきり現代の街で怪物モンスターに襲われるような試験かと思ったが、これは想像以上に末期な世界観だ。


「護、今は周囲に人の気配も怪物モンスターの気配もない。早い内に拠点の確保に動いた方がいい」


 それまで黙っていた紡が周囲を警戒しながら言った。


「そうだな。いつ襲われるか分からないし。村正もそれでいいか?」


「あ、ああ。もちろんだ」


 実はある程度の動きは事前に紡と話して決めていた。


 食事の必要がなくとも、五日間を過ごすことになるのだ。できるだけ身体を休められる場所がいい。怪物モンスターの襲撃を受け辛く、かつ周囲の状況を確認できれば最高だ。


「地下はどうだ? まずは生存が第一だろう」


「なしではないわね。最初に確認しておきたいんだけど、私たちは何を目標に動くの、リーダー?」


 紡がわざとらしく俺に視線を送った。


 そうだな。村正がいる以上、このチームの方針を決定し、共有する必要がある。


「目標って、五日間生き残ることだろう? 初日で脱落したら目も当てられないぞ」


「そうだな‥‥」


怪物モンスターと戦うのは必要最低限にすべきだ。今回は適正試験、わざわざ良い成績を取る必要もない」


 村正の言うことも間違いじゃない。


 思い出すのはオーガとの戦い。あの星宮でさえ、初めて怪物モンスターと遭遇した時は、固まってしまった。


 それを考えると、できるだけ安全な場所で時間を過ごすというのも一つの手だ。


 しかし、


「いや、俺たちはメモリーオーブを狙う。戦うのは最低限にして、拠点を移しながら探そう」


「‥‥理由をきいてもいいか?」


 苦々し気に目を閉じる村正に答える。


「これは適性試験だ。いざ怪物モンスターが出現した時、閉じこもってはいられない。正面切って戦う必要はないけど、この世界を動く経験は得るべきだ」


「それは、正論かもしれないが‥‥俺たちはまだ一年生だぞ。あと二年経験を積めるんだ。怪物モンスターと戦うのはその後でも良いだろう」


「ああ、分かるよ。だから怪物モンスターと遭遇した時、二人は無理に戦わなくてもいい。俺が前に出るから、サポートか撤退を選んでくれ」


 そう言うと、紡がため息を吐いた。


「私たちはチームよ。誰か一人を戦わせることはないから。どれくらい怪物モンスターが出現するかにもよるけど、撤退できるまでサポートするから」


「ああ、ありがとう」


 紡がそう言ってくれるだけでもありがたい。


 村正はしばらく空を見て、頷いた。


「‥‥分かった。できるだけ戦いを避ける形であれば、了承しよう」


「ありがとう」


 村正は積極的に戦いたいわけではなさそうだ。俺もポイントは欲しいが、怪物モンスターと戦わずにポイントが得られるならそちらの方が良い。


「それじゃあ、まずは拠点探しと、メモリオーブがありそうな場所の見当をつけよう」


 方向性を確認すると、俺たちは荒れた街を歩き始めた。未だ出現の気配がない怪物モンスターの存在を首筋に感じながら。




 俺たちはわりと早い段階で、今日の寝床となる場所を見つけることができた。

 破損の少ないホテルがあり、他の生徒たちの気配もない。


 上階も考えたが、電気は通っていないらしく、エレベーターが動かないので、比較的周囲の状況も確認しやすい五階を今日の宿とすることにした。


 ファミリー向けの部屋らしく、広々としている。ベッドはツインと、別の部屋にはダブルベッドが置かれていた。


「ちゃんとしたベッドがあるのはありがたいわね」


「まだ人が入ってなくて良かったよ。寝る時は見張りとか立てた方がいいよな?」


 こんなサバイバル生活なんてやったことがないから勝手がいまいち分からないが、いつ怪物モンスターに襲われるか分からない状態だ。見張りはいた方がいいだろう。


「そうだな。それなら真ん中の見張りは俺がやろう」


 部屋の中を細かく物色していた村正が、顔を上げてそう言った。


 夜の見張りは途中で起きる真ん中の当番が一番辛いと聞く。それをやってくれるというのならありがたいけど‥‥。


「確かに護はリーダーだし、きちんと寝た方がいいわ。私と村正で真ん中の当番は交代でやりましょう」


「い、いや、黒曜の魔法マギは重要だろう。下手に体力を消耗させるわけにはいかん」


「大丈夫よ。私たち一貫性は中等部の頃からこの手のサバイバル授業を受けてきているから、慣れてる」


「待て待て、三人で回そう。そっちの方が平等だろ」


 なんでナチュラルに俺を抜くんだよ。俺もできるから、頑張って起きるから。


「却下。リーダーなんだから判断力が落ちるようなことは駄目よ」


「‥‥はい」


 よくよく考えなくても紡の言う通りである。問題は俺より紡の方がよっぽどリーダーとしての資質がありそうという点だ。


「それと、一階に保存食が残っていそうだから、後で取りに行きましょう」


「保存食? この世界は食事を取る必要がないだろ」


 村正が話を聞いていたのか? という顔で紡を見た。


「たしかに必要性はないかもしれないけれど、メリットがあるわ」


 どういうことだ? 空腹にならないなら、さしてメリットがあるとも思えないけど。


 俺と村正がそろって呆けた面をしていると、紡がため息交じりに教えてくれた。


「食事は栄養補給だけじゃなく、ストレスを緩和する役割があるのよ。空腹にならないから、どれくらいの効果があるかは分からないけれど、試す価値はあるわ」


「はー、なるほどな」


 その考え方はなかった。たしかに敵に襲われるかもしれないというストレスの中で五日間過ごすのだから、それを緩和させるすべは考えておいた方がいい。


「それじゃあ、一階で保存食を確保したら、メモリオーブを探しに行くか」


「その前に、拠点が決まったことだし、確認しておきたいことがあるんだけど」


「確認?」


 方向性も決まって、拠点も決めたのに、まだ何かあったか?


 すると紡は軽く指を振った。


 外の確認のために開けていた窓がひとりでに閉まり、鍵がかかる。


「私の魔法マギは『念動糸クリアチェイン』。見ての通り、糸を伸ばして物を動かしたり、拘束したりできる魔法マギよ。これと幾つかの魔法マギを組み合わせて戦うわ。だから中距離での戦闘の方が得意ね」


 なるほど、そういうことか。


 本格的に動く前に、お互いの得意なことを確認しておこうと。


 ‥‥これまでまともな友人もいなかったし、一人で戦ってきたから、チームで戦うってことに慣れていなさすぎる。


 そりゃできることを知っておかないと、背は預けられないし、守れない。


 改めて、『火焔アライブ』について話すのは、鬼灯先生と紡を除けば初めてだな。先生は先生だし、紡は幼馴染だ。王人もあえて聞こうとはしてこなかったし、まともな同級生では一人目かもしれない。


「俺の魔法マギは『火焔アライブ』だ。火を操り、身体を強化したり、再生したりできる」


「――火で?」


 村正が怪訝な顔をした。自分の魔法マギながら、特殊だなあと思うけど、ホムラそのものが特殊だったから仕方ない。


 「私のせいじゃないですから!」 と叫ぶホムラを思い浮かべながら、左手に火の玉を浮かべてみせた。


 それをまじまじと見た村正が顎に手を当てて眉を寄せた。


「ハンズフレイム‥‥のようではあるが、違うのか。固有ユニークか?」


 すっと聞かれた言葉に、俺は言葉に詰まった。


 世間一般で言う固有ユニークとは、違う。違うが、特別であることは間違いない。


「いや、すまなかった。詮索せんさくはマナー違反だったな」


「大丈夫だ。俺自身、よく分かってなくてな。なんて返していいか分からなかったんだ」


 たしかにこの『火焔アライブ』は特別だ。それは噂からも分かる通り、よくないものを呼ぶこともあるのかもしれない。


 それでも俺は『火焔アライブ』を隠すようなつもりもなかった。


 だってこれは、ホムラの残したものだから。


「まあエナジーメイルとハンズフレイムが使えると思ってくれたらいいよ。近接戦闘が得意‥‥というかそれしかできない」


 よくよく考えてみると、俺が鬼灯先生から習っている技は、全て『近付いて殴れ』のマッスル理論に基づいている。


 遠距離が得意な怪物モンスターが出てきたらどうすればいいんだ?


 ポンと浮かんだ疑問は、イマジナリー鬼灯先生が出てきて、『え、近付いてぶん殴ればいいですよね』と笑顔で蹴り飛ばされてしまった。


 まずい、俺の頭まで筋肉に侵され始めている。


 クールになるんだ、俺。


 我が物顔で脳内に居座ろうとする鬼灯先生を押し出すと、村正に水を向けた。


「村正はどうだ? どんな魔法マギが得意なんだ?」


「俺か? 俺は‥‥そうだな、『サンダーウィスプ』とか、得意だぞ」


「サンダーウィスプか、いいな」


 電撃を発生させる魔法マギ、『サンダーウィスプ』。一般人が使用しても出せるのは静電気程度のものだが、鍛えられたサンダーウィスプは怪物モンスターを貫く槍となる。


 識さんのサンダーウィスプとか、とんでもなく強かったしな。


「じゃあ、近距離よりも中距離くらいの方が得意ってことか」


「あ、ああ! そうだな。できれば後方から支援させてもらった方が、俺は実力を発揮できるぞ!」


「分かった。人は見かけによらないな」


 エナジーメイルとかでバチバチにやり合いそうな見た目なのに。


 何となしに言った一言に、村正は目をしばたたかせた。


「よ、よよよく言われるんだ。こんな見た目だからな、前で戦うのが得意だと思われがちだが、その本質は移動砲台なんだよ。戦闘になったら見せてやろう、俺の多彩な魔法マギの数々をな」


「そんな何種類も戦闘に使えるレベルなのか! すごいな」


 推薦組ならともかく、外部生でそれだけ魔法マギの練度が高い人がいたのか。


 鬼灯先生いわく、一年生のこの時期なら、エナジーメイルと、戦闘に使える魔法マギが一つでもあれば上出来らしい。


 ちなみにその趣旨は、俺が『火焔アライブ』一つしか使えないから、二倍頑張れという話だ。この理論の意味がいまいち分からないのは、俺がまだまともだからかもしれない。


 この感覚を大事にしていきたいと思います。


 さて、そうすると『固有魔法ユニークマギ』を持つ紡に、多彩な遠距離攻撃が使える村正。


 そして前で壁になる俺。


 即席パーティーにしては案外バランスがいい。


「じゃあ、もし戦闘になったら、俺が前に出る。二人は周囲の警戒をしながら、サポートをしてくれ。何か少しでも異変を感じたら、全員で必ず共有すること。‥‥こんな感じか?」


「それでいいわ。周囲の警戒は私がするから」


「分かった。村正もそれでいいか?」


「ああ、もちろんだ」


 戦いの基本的な流れは確認できた。最悪の場合、二人くらいなら『火焔アライブ』を発動すれば抱えて逃げられる。


 二人にばれないように、小さく深呼吸をする。


 リーダーという大した意味もない肩書が、ひどく重く感じられた。


 それを背負い直すように、背筋をしゃんと伸ばす。


「じゃ、行くか」

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