第51話 適性試験 開始
◇ ◇ ◇
なんの変化もないまま、適性試験の日はやってきた。
そう結局あれから俺たちは最後の一人をチームに加えることができなかったのだ。
まだチームを組んでいない生徒は何人かいた。名前も分かっている。
だから話しかけようとはしたのだが、ものの見事に逃げられた。
砂糖だったか加糖だったかを思いっきりぶん殴ったせいか、残っている生徒たちも人見知りが多いせいか、俺は全力で避けられた。
猫を見たネズミ‥‥なんてまだ良い方で、どちらかというとGを見た女子高生ばりの反応である。
傷付いた。いくら俺でも傷付いたぞ‥‥。
下手な悪意より、恐怖の方がよっぽど傷付くのだと初めて知った瞬間である。傷だらけブロークンハートだ。
そして紡の方も、これに関してはまったくと言っていい程助けにならなかった。
『私、一人だから』
このたった一言で、彼女の今の立場が知れるというものである。昔の純真無垢で笑顔の可愛いつむちゃんならまだしも、東京の乾いた風にすれた彼女は、どうやら友達と呼べる類はいないらしかった。
一体何があったんだ何が。
俺の言えた義理ではないので、それ以上は踏み込まなかったが。
そんなわけで試験当日、俺たちは試験用の個室で最後の一人と対面することとなった。
「やあやあ二人とも! 俺が二人とチームを組む
出会い頭に快活な挨拶をぶつけてきたのは、美丈夫と呼んで差し支えない体格のいい男子生徒だった。
長い髪をまとめて一つに結んでいる様子も相まって、伊達男という言葉が良く似合う。
同じクラスらしいけど、こんな人いたっけかな。
「俺は真堂護だ。よろしく」
「
え、それだけ?
紡は本気でそれしか話さないつもりらしく、ピアスをいじいじしながらそっぽを向いていた。
こいつ、本当に協調性ないな‥‥。俺のつむちゃんが不良になってしまった。
しかしそんな紡の塩対応を村正は気にした素振りもなく、笑顔でサムズアップした。
「おう、よろしく頼むな!」
なんだ。最後までチームを組めなかった人だから、棚上げながらも、どんなやべー奴が来るのかと不安だったが、全然普通だ。
むしろ俺とは違う陽の気配をビンビンに感じる。
「いやあ、しかし真堂に黒曜と、有名な二人と一緒にチームを組めるとは、光栄だなあ」
「こちらこそ、組みやすそうな人で助かったよ。一応今回は俺がリーダーってことになるから、何かあればすぐに相談してくれ」
紡は俺が間に入ればどうにかなろうだろう。今回はチーム戦だ。五日間を共に過ごすという点も含めて、人当たりの良いチームメイトは何物にも代えがたい。
今回はチームで一人リーダーを決めなければならず、教員によって組まれたこのチームでは、俺が選ばれていた。
一貫生の紡じゃないんだ、って思ったけど、この態度を見れば納得だ。
「おう、明るさには自信があるんだ! ‥‥お、どうやらそろそろ始まるようだぞ」
「ああ」
個室に備え付けられたディスプレイに、善ちゃん先生の顔が映し出された。
『参加者全員の入室確認が取れました。定刻通り、適性試験の説明を始めたいと思います』
淡々と、それは始まった。
『それぞれの部屋は、五日間皆さんがチームで過ごす部屋となります。ドロップアウトした場合もその部屋に帰還し、五日間はそこで過ごす形になります。それぞれの部屋には監督官として教員が一人付きますので、なにかあればそちらに相談をしてください』
監督官か。
つまり五日間、俺たちの動向は常に評価され続けるということか。
『これから皆さんはエディさんの作成する異世界に入り、試験を受けてもらいます。異世界では食事や排泄といった生理現象は必要ありません。皆さんが考えるべきは、第一に外敵のいる世界でどう生きるか、第二に、外敵をいかに排除するかの二点です』
食事もいらないのか。
とりあえず、考えることが減るのはいいことだ。
『要項は確認していると思いますが、受験者同士の距離には重々気を付けてください。場合によってはチーム同士の協力も必要になる時があるでしょうが、
そういえば、そんなこと要項に書いてあったな。チームのことばかり悩んでいたせいで、あまり印象に残っていなかった。
隣で説明を聞いていた紡が言った。
「‥‥受験者が全員で協力しないようにするための措置だと思う。もし規定数を超えたら、大量の
「ああ、そういうことか。皆で集まったらチーム組んだ意味ないもんな。別にランキングを競っているわけでもないし」
「場所の取り合いも起こる可能性があるわね。少し気にしたほうがいいかも」
「そうか、そういう視点もあるのか」
それは全然考えていなかった。協力でなくとも、近くに人が集まれば
「そんなところまで気付くなんて、紡は凄いな」
「ばっ‥‥別に、普通だから」
紡が唇を尖らせる。
一貫生としてはこれくらいは気付いて当然なのかね。
『また、これは要項に書いていませんが、フィールドとなる異空間には、メモリオーブを隠しています。いわゆるボーナスポイントのようなものですね。入手した時点で、チーム全員に十ポイントが入ります』
──何?
メモリオーブ。つまり、ポイントを得る方法は
生徒に動きを出すための措置なのだろうか。確かに戦いに積極的でない生徒を動かすには、効果的かもしれない。
考えている間に、善ちゃん先生の話はまとめに入っていた。
『最後に一つだけ。今回の適性試験は受験の時よりも若干ですが、痛覚レベルを上げています。つまり、攻撃を受ければ多少なりとも痛みを伴います。それは恐らく多くの人にとって、未知で恐怖の体験となるでしょう。一人でも多くの生徒がそれを乗り越え、共に
「‥‥」
善ちゃん先生の言葉は、ディスプレイ越しでも、直接語り掛けられているようだった。
『適性試験』。
そう銘打つこれは、実力を測るものではない。
最も現実的で、残酷な試験が、始まるのだ。
「失礼します」
そう言って部屋に入って来たのは、我らが鬼教官こと、鬼灯先生だった。
「先生が監督官ですか?」
「はい。問題児を押し付けられた形ですね」
「‥‥そういうのって、たとえ事実でも本人には言わないのでは?」
「何か問題でも?」
ないです。
「鬼灯先生‥‥」
「黒曜さん、この度は、うちのバカ弟子と組んでくれてありがとうございますね」
「‥‥バカ弟子なら、取らなくても良かったんじゃないですか?」
「ええそうですね。ただ泣いて頼むものですから」
「え、先生が入れって――」
「真堂君、ここはお茶がありませんね。先生は喉が渇きました」
「はいただいま」
はっ、ついいつものくせで!
備え付けの冷蔵庫から取り出したお茶をグラスに注ぎながら、あまりの飼いならされっぷりにビビる。
というか、さっきからバカ弟子バカ弟子言いすぎじゃない? しまいにゃ泣くぞ。
お盆に四つのグラスを乗せて戻ると、鬼灯先生と紡が未だに視線をぶつけていた。
気のせいか、火花が散っているようにも見える。
なんだか相性の悪そうな二人だなあ。
「はい、お茶です」
「ありがとうございます。もう試験まで時間がありませんから、そろそろ準備をしてください」
「分かりました」
「‥‥はい」
先生と紡の戦いがどのような勝敗を迎えたのかは知らないが、首を突っ込んでも良いことはなさそうなので、俺は静かに準備をしよう。
女性って怖いなあ。
ホムラがここにいたら、ハムスターばりに部屋の隅で震えていただろう。
村正も俺と同じ気持ちらしく俺たちは顔を見合わせると、それぞれのベッドに向かった。
そして俺たちがベッドに横たわると、ほどなくしてその時がやって来る。
全ての部屋で流れているのだろう。無機質な声が響いた。
『これより、
閉じた目を覆う光。
そして身体が落ちるような、空に浮かぶような、不可解な感覚に包まれる。
その道の向こうで、ホムラが待っているような、そんな気がした。
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