第44話 体罰ダメ絶対

「真堂君」 


「鬼灯先生、お疲れ様で」


 ゴッ‼ と目玉が飛び出る程の勢いでげんこつが降ってきた。


「いっったぁぁあああ⁉」


 何だ今の⁉ 全然見えなかったぞ!


 振槍を打たれたってことは分かるが、拳の影どころか、起こりさえ見えなかった。


 戦闘態勢ではなかったとはいえ、こんなことあるか。


 ランク2より化物じゃんこの人。


 専攻練せんこうれんで訓練場に向かった俺を迎えたのは、鬼灯先生からの愛の鞭だった。


 愛の鞭というにはあまりに硬いし重いが。


 やばい、衝撃が頭から背中を抜けて、もはや尻が痛い気さえしてくる。


「‥‥何故、いきなり‥‥」


「あの試験は何ですか? 調子に乗っているとぶん殴りますよ」


「もう殴ってるじゃないですか‥‥」


 鬼灯先生が怒っていることが分かった。俺が魔法マギを発動せずに戦っていたことだろう。


 たしかに実戦でそんなことをしていたら怒られるのも当然だ。


 涙目で見上げると、恐ろしくにこにこした笑みで先生が俺を見下ろしていた。


「一応、何故あんなことをしたのか聞いてあげましょう」


「‥‥すみません。そっちの方が鍛錬になると思ってしまって」


「――馬鹿ですかあなたは。そんなことは試験の場でやることではありません」


 ごもっともです、はい。


 ただ前回の件で痛感したのだ。いつ怪物モンスターと戦いになるのかは、分からない。


 そして次に出会う敵が、俺が勝てる相手だなんて保証はどこにもないのだ。


 こうして魔法学園に入ることはできたが、悠長に三年間かけて成長するなんて、遅すぎる。


 オーガ黒鬼ダークオーガと戦って分かったことがある。


『今更後悔しても遅いぜ、この結末を選んだのはお前だガキ』


 ホムラを襲った怪物モンスター、レオール。


 ランク1だった奴は、人語を解し、人の容姿を持っていた。


 ランク2の黒鬼ダークオーガでさえ、そんな明確な知性はなかった。


 明らかに奴は怪物モンスターの中でも特別だ。


 妖精フェアリー怪物モンスターについて、まだまだ俺が知らないことばかりだ。


 鬼灯先生は深くため息を吐いた。


「とりあえず、試験はよくやりましたね。それなりに良い振槍でした」


「ありがとうございます」


「まあ私なら開始と同時に仕留めていましたけど」


「学生相手にマウント取る必要あります?」


 もはやマウンテンゴリラじゃん。腕力も大体一緒だし。


「イラッとしたのでもう一発行きましょうか」


「やめてください。次受けたら頭弾けます」


 まだジンジン痛むというのに。


「ただまあ、少しばかり派手にやりましたね」


「そうですか?」


 そんな派手な決着ではなかったと思うけど。


「武藤君はああ見えても中等部から実力者で有名な生徒です。それを舐めプした上に、一発KOしたわけですから、それなりに影響があると思った方がいいでしょう」


「良い影響ですよね?」


「そうだと良いですね」


 にっこり笑う鬼灯先生の顔には、「そんなわけないじゃないですか」と書かれていた。




     ◇   ◇   ◇ 

 



 実技試験が終わり、夏休みまであと二週間となったころ、俺たち一年生は講堂に召集された。


 講堂はすりばち状の部屋に所狭しと椅子が並べられた、劇場のような場所だ。


「王人は何か知っているのか?」


「いえ、もう目ぼしいイベントは大体終わったと思いますが」


 ほーん、王人も知らないのか。


 俺たちは椅子に座り壇上を見た。


 そこには俺たちA組担任のおじちゃん先生が立ち上がった。初老のおじちゃん先生は、本当人のいいおじちゃんといった感じで、このマッスル学園では珍しい教員だ。


 名前は十善佐勘じゅうぜんさかん


 一部の女子生徒の間では善ちゃん先生と呼ばれているとかいないとか。


 そんなプリチーなあだ名で呼ばれても怒らない聖人みたいな人だ。この間「鬼灯先生って、巨乳だよな」って話してた男子生徒二人は、鬼灯先生に連れて行かれ、無惨な姿で帰ってきたというのに。


 あのマウンテンゴリラ先生も善ちゃん先生の爪の垢を飲んでもらいたいものだ。


 そんな善ちゃん先生がマイクを握り、静かに話し始めた。


「皆さん、一学期はお疲れ様でした。一人として欠けることなくこの日を迎えられたことを嬉しく思います」


 決して強い声ではないのに、善ちゃん先生の言葉はよく通る。いや通るというよりも、沁みる。ゆっくりとこの講堂全体に波が広がるように、言葉が静寂を生み出す。


「皆さんの多くが守衛魔法師ガードを志し、苦しい訓練を日々こなし続ける姿を見られたことが、私にとっても大いに励みになりました」


 善ちゃん先生はそこで言葉を切った。


「皆さんに、伝えなければならないことがあります」


 そして小さく息を吸う。




「最後の適正試験を行います」




 適正、試験‥‥?


 講堂そのものがざわめく。この話を知らなかったのは俺だけじゃないらしい。


 隣を見ると、王人が目を細めていた。


 適正試験ってことは、期末試験とは違うのか?


「適性試験は毎年この一学期の終わりに行われるものです。期末試験のように皆さんの成績に影響するものではなく、守衛魔法師ガードとしての適性を計るものです」


 その言葉に、講堂のざわめきは更に大きくなった。


 俺も言葉こそ出していないが、気持ちとしては同じだ。守衛魔法師ガードとしての適性ということは、この試験は期末試験なんかよりよっぽど重要になる。


守衛魔法師ガードになるということは、怪物モンスターと戦うということです。時には大怪我をする者も、命を落とす者もいます。その場に立った時に動くことが、戦うことができるのかは、その人の資質次第なのです」


「‥‥」


 脳裏に呼び起こされるのは、国分寺でのボランティアだ。


 あの時オーガが現れた時、星宮は動けなかった。あれほどの駿才しゅんさいすらも、死の気配は容易く絡め取る。


 あれが適正という話なのか? どちらかというと、経験しているかどうかの方が大きい気がするけど。


「一週間後、エディさんの作成した異空間で適性試験を行います。期間は五日間。それまでに皆さんにしてもらいたいことが二つあります。一つ目は、参加のための誓約書を提出すること。そして――」


 誓約書は分かる。わざわざこの場に学年全体を集めて話す内容だ。それなりにリスクのある試験なんだろう。俺たちにとっても、先生たちにとっても。


 しかし重要なのは、この次の言葉だった。他の同級生たちにとってどうかは知らないが、俺にとっては何よりも恐ろしい条件。




「皆さんには、一週間で三人チームを組んでもらいます。この試験は、スリーマンセルのサバイバル形式です」



 ‥‥嘘だろ。

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