第24話 毀鬼伍剣流
◇ ◇ ◇
「っはぁ‥‥はぁ‥‥」
「ふぅ‥‥」
二人分の吐息が重なって聞こえた。
自分のそれは心臓の荒い鼓動に重なって、より大きく聞こえた。
蜂蜜さんの一撃を脇に抱え込んで、カウンターを狙った。半分意識が飛んでいたが、そこまでは覚えている。
何が、どうなったんだ。
どうして俺は上を向いているんだ。
どっちが、勝ったんだ?
俺も蜂蜜さんも動かない中で、鬼灯先生の声が聞こえた。
「試合は終わりです。二人とも、お疲れ様でした」
「っ‥‥先生、試合は—」
無理矢理呼吸を噛み締めて聞くと、歩いてきた鬼灯先生はいつもの笑みを浮かべたまま、端的に答えた。
「星宮さんの勝ちですよ」
「‥‥‥‥え」
思わず聞き返してしまった。
それに対し、鬼灯先生は小さな子に現実を伝えるように、優しく言った。
「真堂君も頑張りましたが、経験の差ですね」
「‥‥」
「あなたは崩されたんですよ」
「‥‥ぁ」
思い出した。
そうだ、俺の左手が届く瞬間、脇に抱え込んだ腕を起点に、体勢を崩された。あと一ミリで届くはずだった手は遠のき、俺は地面を転がり、タッチされた。
「惜しかったですね。あなたもエナジーメイルを発動できていれば、もう少し抵抗できていたでしょう」
鬼灯先生の声が遠い。
つまり、俺はタッチ数〇。
単位をもらえないことが確定した。
「真堂君は単位について話がありますから、放課後に私の研究室に来てください。それ以外の人は、授業を終わりますから、集合してください」
「‥‥」
俺のすぐ近くに立っていた蜂蜜さんが、静かに離れていく。
皆もそうだろう。ぱらぱらと鬼灯先生の周りに集まっていく。俺だけが、いつまでも立ち上がれずに座り込んでいた。
◇ ◇ ◇
この学校の先生は、人によっては研究室を持っているそうだ。
どうやら鬼灯先生もその内の一人だったらしく、俺は放課後に研究室があるスペースに来ていた。
最後の鬼ごっこからぼけっとここまで過ごしてきたが、もはや今となってはなるようにしかならない。
留年というのなら仕方ない。結局のところ、できることを一つずつ積み重ねるしかないのだ。
「真堂です」
ノックをしてから言うと、中から「どうぞー」と気の抜けた声が聞こえた。
失礼します、と部屋のドアを開けると、まず目に飛び込んできたのは、惨憺たる部屋の有様だった。
──きったな⁉︎
部屋は大量の本やら雑誌やら、脱ぎ散らかされた服やらが散乱していた。
部屋の中央でデデドンと幅を利かせているソファの上で、鬼灯先生がこちらを見ていた。
なんだよここ、ゴミ屋敷か? 仮にも研究室って名前なのに、こんな状況で学校は何も言わないのか。
「よく来ましたね」
「‥‥呼ばれたので」
ソファに寝転がっている鬼灯先生は、授業で見せていたザ・大人の女性からは程遠く、部活から帰ってきた姉を彷彿とさせる。一度「トドになるぞ」と言った時に受けたドロップキックの痛みを思い出した。
「よいしょ」
鬼灯先生は体をグッと曲げ、そして反動で跳んだ。
常人では考えられないバネで、曲芸のようにソファから俺の前に降り立つ。
そこにいたのはゴミ屋敷の主ではなく、俺の知る先生だった。
「どうして
「はい?」
出し抜けに問われた言葉の意味がよく分からず、俺は質問に呆けた声で答えた。
それに怒ることもなく、鬼灯先生はもう一度言い直した。
「星宮さんとの戦い、最後の瞬間です。左手で振槍を使っていれば、彼女があなたの体勢を崩すよりも先にタッチできたはずです」
「それは‥‥」
なんでだ? 言われてみるとそこに意識しての理由はない。
あえて言うのであれば、あの土壇場でそこまで考えられなかったというのが答えだ。
それを口にするよりも先に、鬼灯先生は首を横に振った。
「駄目ですね。全然駄目です。剣崎君に『
そこで先生は一度言葉を区切り、そして唐突にその名を口にした。
「対
鬼灯先生が静かに言った言葉に、俺は思わずポカンと口を開けた。
先生はそのまま淡々と語る。
「嘘か真か、
「‥‥知っているんですか」
それは俺が父から聞いた話と全く同じだった。
確かに鬼灯先生は
ただ詳しすぎる。名前を聞いたことがあっても、振槍が何かなんて、知らないはずだ。
「驚きましたか? 確かに『
鬼灯先生の言う通りだ。
それらは
「どうして私がそんなに詳しいのか知りたいですか」
「‥‥教えてもらえるのであれば」
鬼灯先生はにっこりと微笑み、次の瞬間。
パン‼︎ と眼前で炸裂音が響いた。
衝撃が顔を叩き、その後で、先生の拳が目と鼻の先に突き出されていることに気づいた。
──音は、幻聴か。それ程までの、速度。
全く見えなかった。
事の起こりも、終わりさえも、分からなかった。
ただ分かったことがある。
「これが、本物の『振槍』ですよ」
この人は、俺が師事するべき人だ。
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