第12話 空から降ってくるのは女のことは限らない

    ◇   ◇   ◇




 こういう戦いでは上を取った方が有利だと、俺は知っている。FPSの対戦ゲームとか、そうだったから。


 茶髪を倒した俺は建物の階段を上がっていた。


 レーダーがあるとはいえ、こいつは三次元的な探索には対応してない。上にいた方が相手からは見つかり辛く、視野を広く持てるのだ。


 まさか対人ゲームの知識がこんなところで役立つとは。


 そうして屋上に上がった俺なのだが、あることに気付いてしまった。


 今なら火焔アライブを使えば、屋上から屋上へ飛び移れるのでは?


 別に格好いいからやってみたいとかではなく、建物の上を移動できるのであれば、他の受験生を圧倒的に見付けやすくなる。


 エナジーメイルがないから考えたこともなかったけど、火焔アライブは身体強化もしてくれる。


 試験官は言っていた。


『一挙手一投足が採点の対象になる』と。つまり、ただ隠れて生き残ればいいというわけではないはずだ。


 こちらから積極的に相手を探しに行く必要性がある。


 そこで俺は火焔アライブを発動し、屋上を移動し始めた。


 すげえな。多少の距離なら問題なく跳んで超えられる。これなら他の受験生を見付けるのも時間の問題だ。


 そう思い移動をしている時だった。


 レーダーに光点が映った。しかも二つがとても近い位置に。


 交戦中か、それとも協力し合っているのか。


 今回の試験、協力が禁止とは言われていない。場合によってはその可能性も十分にあり得る。


 様子を見るにしても近寄った方がいいな。


 レーダーを見て思考したのはほんの数秒だった。しかし慣れない高所の移動で、その数秒は命取りだった。


 ガンッ! と足に何かがぶつかる感覚。


「うおっ⁉」


 どうやら屋上から伸びたアンテナか何かに引っかかったようだが、そんなことを冷静に考えていられる状態ではなかった。

 

 調子に乗ってスピードを出していた俺は、即座にバランスを崩した。


 ちょ、やばい、火焔アライブがあっても流石にこのスピードで頭から落ちたら退場する。


 くそ、馬鹿か俺は。


 何とか体勢を立て直そうとするが、そうしている間にも次の足場は迫ってくる。


 速度を落とすこともできず、蹴るようにして跳び、何とか転がることだけは阻止するが、それも長くは続かなかった。


 あ、これは駄目だ。


 何度目の跳躍か、飛距離が足らず、建物の壁に突っ込んでいく。格好よく窓を割ってダイナミックエントリーといきたいところだが、そんな都合よく窓があるわけもない。


 こうなったら、迫ってくる壁に思い切り蹴りを入れて、反対側の壁に飛び移り、そこから地面に着地するしかない。


 ゲームでしか見たことのないような動きだが、大丈夫だ。今の俺にはホムラの魔法マギがある。


「いっけ!」


 一気に視界全てを埋め尽くした壁に向かって蹴りを入れる。全身にビリビリと走る衝撃。


 これで向こう側に――と想定していたのだが、当然だがそんなうまくはいかない。激突する勢いを殺すので精いっぱいだ。


 結果どうなったのかと言えば、


「うぉぉおおおおウェエエえええええ⁉︎」


 そのまま落ちた。しかも壁に蹴りをいれたせいでバランスを崩し、どちらが下を向いているのかもよく分からない。


 ふざ、けんな。こんな馬鹿みたいな理由で退場なんかできるか!


 俺は身体から炎を噴出させて、何とか体勢をニュートラルにする。あとはどうにもならない、火焔アライブによって強化された体を信じるだけだ。


 数分にも感じる一瞬。


 ドゴンッ! という音と共に足裏から頭の先まで衝撃が走り抜けた。


 うぉぁっ‥‥いってぇええ。


 筋肉というより、骨身に染みる痛みだ。


 それでも生きている。何とか着地には成功したらしい。


 立っていられているということは、骨折もしていないだろう。火焔アライブを発動していなければ、間違いなく潰れたトマトだった。


 何とか呼吸を整え、改めて自分がどこに着地したのかを確認し、思考が停止した。




「──これ、どういう状況?」



 俺の右手には膝を折る少女が、左手には剣を持った少年が立っていた。


 いや待て落ち着け。どういう状況っていうか。これあれだろ。


 さっきレーダーに映っていた二人だ。


 どうやら死に物狂いでバッタやっている内に、到達してしまったらしい。そんな奇跡あるか?


 まあ結果的には戦うつもりだったから、ちょっと登場がエキセントリックになってしまっただけだ。


 さて。


「‥‥」


 少女の方は俺を不審者を見るような目で見ていた。


 そうだよな、俺も空から絶叫しながら男が落ちてきたら、その場から逃げ出すと思う。


 対して少年の方は――少年だよな?


 小柄だし、とても可愛らしい顔をしているから女の子にも見える。でもスラックス履いてるし。


 まあとにかく少年は俺を興味深そうに見ていた。


 ここで大事なのは、この二人が桜花魔法学園の制服を着ているということだ。つまり内部生、この試験で最も警戒しなければいけない相手だ。


 そして状況から察するに、少年の方が少女を追い詰めているようだ。そこに俺が落ちてきたと。


 うーん。


「悪い、邪魔だったか」


 問うと、少女の方が真っ先に口を開いた。


「その通りよ。あなた外部生ね。彼と戦いたいというのなら、私の決着がついた後にしなさい」


「あー、そっか。そうだよな」


 決着はもうついていると思うけれど、つまり自分が退場してからにしろと。


 彼女の言うことは正しい。


 この試験は誰かを守る試験じゃない。ここで俺が不用意に介入しては、それこそ不公平な話だ。


「って言ってるけど、君はどう思う?」


「なっ、私の話を聞きなさいよ!」


 少女の方ががなり立てるが、ちょっと待ってくれ。俺は今この少年の話を聞きたい。


 彼は右手に剣をぶら下げたまま、敵意なんて一切感じない笑顔を浮かべて頷いた。


「僕はどちらでもいいですよ。ここは公正な試験の場、あなたの選択はあなたが決めるべきだと思います」


「それって、どうなろうが結局倒すから関係ないってことか?」


「はい、そう思ってもらって大丈夫です」


 笑顔のまま少年は言い切った。


 こいつ、すげえ自信だな。


 俺が何をしようが二人とも斬ると、目が語っている。


 じゃあ当人からもオッケーが出たことだし、俺は俺のやりたいようにやらせてもらおうか。


 少年の方に改めて向き直り、拳を構えた。そう、後ろの少女を庇うように。


「あなた、何しているの。やめなさい、私はそんなことは望んでないわ!」


「分かってるよ。不愉快にさせたなら後で謝る」


 それでもだ。


 傷ついた人を前にして、それを見捨てるというのは違う。少なくとも俺はそう思う。


 どんな理由にせよ、俺は守衛魔法師ガードとしての力を得るためにここに来た。そんな人間がここで取るべき選択は、一つだけだ。


 何より、



『護、逃げるのはあなたの方です! 用があるのは私でしょう、護に手を出すのはやめなさい!』



 傷ついてなおあらがおうとする姿に、彼女が重なる。


 そうなったら、もう無理だ。拳を固め、構える。


「悪いな。俺の好きにさせてもらうよ」


「ええ、そう言ったのは僕ですから」


 少年は俺が臨戦態勢をとっても、まったく動じなかった。右手に剣を提げたまま、構えを取る様子もない。


 余裕かよ、こいつ。


「ああそうだ、一つ戦う前に教えてくれ。俺は真堂護しんどうまもるだ。君の名前は?」


「名前ですか?」


 少年はきょとんとした顔で聞き返してきた。


 そんなに変なこと聞いたか。俺は自分が人付き合いのいいタイプじゃないことは知ってる。茶髪なんて未だに名前を覚えられない。


 それでもこの人の名前を知りたいと、そう思ったのだ。


 少年は再び柔らかな表情に戻ると、口を開いた。


「僕は剣崎王人けんざきおうとです。どうかお見知りおきを」


「ああ、よろしく頼む」


 お互いに言うべきことは言った。


 それを示すように一時の沈黙が舞い降り、滑るような剣崎の先手から戦いは始まった。

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