第27話:刺客


 自分でダンジョンを破壊したんだから、完全に自業自得だけど。『螺旋らせん迷宮』に行けなくなって、俺は暇になった。

 下層部までしかないダンジョンに行っても、俺には退屈なだけだからな。


 レベッカたち『野獣の剣』は、今日も『螺旋迷宮』に行っている。

 A級ハンターのレベッカたちにとっては、下層部の魔物が適正レベルで。深層部が機能しなくても特に問題ない。


「じゃあ、グレイ。君には申し訳ないけど。僕は行って来るよ」


 クリフもレベッカたちについて行った。俺に気を遣っていたけど。クリフが自分で生活費を稼ぐためにも。レベッカたちと行動するメリットがあるからな。


 ハンターズギルドで依頼を請けることも考えたけど。F級ハンターの俺が請けられる依頼は、大したものがないからな。


 暇だから、俺は迷宮都市トレドの街中をうろつくことにした。

 屋台で買い食いしながら、観光気分で街を周ってみるのも、たまには悪くない。


 ゴーダリア王国の人口の大半は獣人だけど。迷宮都市トレドには人間や他の種族もそれなりにいる。観光目的やダンジョン目当てで、各地から人が集まって来るからだろう。


 人が住んでいる地域は、それほど強い魔物はいないし。隊商を組んで街道を通れば、それなりに安全に移動できる。だから観光目的で旅行する奴も、めずらしくない。


「あの……もしかして、この街に住んでいる方ですか? 私たちは旅行で来たんですが。良かったら、街を案内して貰えませんか?」


 若い人間の女2人組に声を掛けられる。俺の見た目が完全に人間だからだろう。

 だけど知らない場所で、知らない相手に声を掛けるなんて。ホント、無防備な奴らだな。


「いや、俺もこの街に来たばかりだから。案内できるほど詳しくないんだ」


「そうなんですか? だったら私たちと一緒ですね」


「この街には人間が少ないから、こうして会ったのも何かの縁ですし。一緒に観光しませんか?」


 なんかグイグイ来るんだけど。エリアザード辺境伯領の街に行ったときも思ったけど。俺はこうして良く人間の女に声を掛けられる。


 俺の見た目が人間の女にとって好みなのか。それとも、よほど人畜無害にでも見えるんだろう。

 まあ、俺も暇だし。観光に付き合うくらいは構わないか。そう思ったけど。


「悪いな。俺はこれから用があるんだよ」


「あ……ちょっと待って!」


 俺は2人と別れて歩き出す。明らかに敵意のある視線に、気づいたからだ。相手は獣人で、しかも結構な数がいる。


 俺は大通りから裏路地に入って、人気のない方向に向かう。尾行なんてされると面倒臭いし。さっさと片づけてしまおうと思ったからだ。


「それで。俺に何の用があるんだよ?」


 わざと袋小路に入って振り向くと。後を付けて来たのは10人ほどの獣人。

 ガラの悪い感じを装っているけど。訓練された兵士の動きをしている。


「F級ハンターのグレイ。おまえに訊きたいことがある。大人しく従わなければ、痛い目を見ることになるぞ」


「ふーん……痛い目ね」


 数秒後。獣人たちは路地裏に転がっていた。こいつら全員がB級ハンタークラスの実力だけど。俺の相手をするには弱過ぎる。


「やはり。混じりモノが相手では、普通の獣人が何人いようと相手にならんか」


 目深に被った帽子。白い髪。黒い軍服を着たこいつはライラ・オルカス。憲兵隊の指揮官で、迷宮都市トレドを支配するフェンリルの右腕って話だ。


「混じりモノ? ああ、俺のことを言っているのか」


「惚けおって……グレイ。貴様の目的と背後にいる者たちのことを、全部洗いざらい吐いて貰うぞ」


 ライラがベルトから引き抜いたのは金属製の鞭だ。ライラが魔力を込めると。鞭は魔力の光を迸らせて、生き物のように蠢く。


 視覚化された魔力が荒れ狂う。立ち昇る魔力の奔流。最初に会ったときから気づいていたけど。こいつの魔力は、とても普通の獣人のレベルじゃない。


「シャルロワ閣下の御前で、随分と好き勝手にやってくれたようだが……身のほどを知れ!」


 ライラが振るう鞭を躱すと。鞭から伸びる魔力が、周囲の建物を薙ぎ払って破壊する。


「街中で、こんな派手に暴れて良いのか?」


「何、構わぬさ。混じりモノの同士が戦うのだから、多少の犠牲が出るのは仕方なかろう。シャルロワ閣下の許可は得ている!」


 ライラは地面や建物の外壁を蹴って立体的に移動。鞭を振るう度に、周りの建物が崩れて行く。


「俺は別に混じりモノじゃないけどな」


「何をふざけたことを! ならばダンジョンを崩壊させた貴様の力は何なのだ?」


 ライラは執拗に攻撃を繰り返す。路地裏の街並みは、完全に崩壊状態だ。

 壊した建物の中には獣人がいて。瓦礫の下敷きになって、血まみれで倒れている奴が何人もいる。


「おまえさ。ちょっと無茶が過ぎるぞ」


「貴様が躱すからだ。私の力を理解したなら。諦めて、シャルロワ閣下の軍門に下れ!」


 ホント、好き勝手なことを言う奴だな。いつまでも付き合う義理もないし。


 俺はおもむろに、ライラの鞭を掴む。鞭の魔力に触れても俺は無傷だ。


「グレイ、貴様……いくら混じりモノだとは言え。どういう身体をしている?」


「俺は生まれつき、身体が丈夫なんだよ」


 ライラは力づくで鞭を奪い返そうとする。だけど鞭はピクリとも動かない。


「チッ……力では勝てぬか。ならば、これでどうだ!」


 ライラは鞭を諦めて、ベルトから剣を抜く。細身で片刃のサーベルだ。


 ライラは一気に加速すると。幻惑的で不規則な動きで、的を絞らせずに。俺との距離を一瞬で詰めて、首元に切りつけた。


「な、何だと……」


 俺は真面まともに食らったけど無傷で。サーベルの方が折れる。


「俺から何か訊くつもりじゃなかったのか? 普通なら死んでいるぞ」


「混じりモノの貴様なら、この程度では死ぬとは思わなかったが……まさか無傷とはな」


 俺が躱さなかったのは、ダメージを受けないことが解っていたからでもあるけど。一番の理由は、ライラを捕まえるためだ。俺はライラを羽交い絞めにする。


「おい、これ以上暴れるなよ。周りに迷惑だろう」


「グレイ、貴様……放せ!」


 ライラは暴れ捲るけど。こいつの力じゃ、俺の腕は振り解けないからな。


 暴れたせいで、目深に被っていた帽子が落ちて。ライラの顔が良く見える。


「おまえって、意外と可愛い顔をしているんだな」


「貴様……私を馬鹿にしているのか!」


 罵声を浴びせながら、ライラの顔が何故か赤い。憲兵の厳つい軍服姿だし。可愛いなんて言われたことがないんだろう。


「俺は思ったことを言っただけで。別に馬鹿になんてしていないよ。おまえは俺と話がしたいんだろう? 大人しくするなら、話くらいは聞いてやるって」


 力ずくで女を従わせるのは、俺の趣味じゃないからな。

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