第10話:規格外 ※シェリル視点※


※シェリル視点※


 突然。黒い髪と青い瞳の生意気そうな男を、ジャスティア様が連れて来た。これがグレイオンに抱いた私の第一印象です。


 そしてグレイオンがエリアザード家の竜人だと知って、さらに印象が悪くなりました。エリアザード家は私から家族を奪った宿敵だから。


 私は竜人族の国カイスエント帝国で、地方貴族の娘として生まれました。


 貴族と言っても名ばかりの下級貴族。だけど優しい両親と、可愛い弟と妹に囲まれて。私は幸せでした――あの日までは。


 私がまだ20歳を過ぎたばかりの頃。エリアザード家を継いで、新たな辺境伯となったガリオンと言う男は、手段を選ばない野心家でした。


 ガリオン・エリアザードは私の父の所領周辺の貴族たちに圧力を掛けて。物流を完全にストップさせました。

 食料が底をつく中、父は狩りをして獲物を領民に分け与えましたが。ガリオンは父の所領の魔物や獣を無断で駆り尽くして、獲物を得る手段すら奪いました。


 ガリオンの狙いは、父の所領に大量に埋蔵されていると言われる金。欲のない父は金鉱脈を開発するとなく、僅かに取れる金だけで満足していました。

 そこに目を付けたガリオンは、父の所領を奪うために。父の方から戦いを仕掛けるように仕向けました。


 それでも私たち家族の分だけなら、食料を得る手段はありました。

 ですが父は領民である人間を飢えさせる訳にはいかないと、エリアザード家に戦いを挑んだのです。


 家族思いで、領民のことを良く考える本当に良い父親でした。

 ですが、この世界は弱肉強食。下級貴族に過ぎない者が、帝国有数の大貴族であるエリアザード家に敵う筈もなく。戦いに敗れた父は所領を奪われて。私の家族は皆殺しにされました。


 私だけ生き残った理由は、自分で言うのは憚れますが。私の容姿が美しかったからです。ガリオンは側室の一人として加えるために、私を殺しませんでした。


 私から全てを奪った男に、身体すら奪われる。絶望に苛まれて、私は身体を奪われる前に自ら命を絶つつもりでした。

 そんな私を救ってくれのが、ジャスティア様です。


「おい、ガリオン。そいつは良い女だな。おまえにはもったいねえぜ。俺に寄こせよ」


 当時。まだエリアザード家と交流があったジャスティア様が、私を見つけたのは偶然でしたが。もはや伝説となっているジャスティア様に逆らえないガリオンは、アッサリと私を諦めました。


 当初、ジャスティア様も私の身体が目当てと思っていました。ジャスティア様も所詮はエリアザード家の竜人だと。


 ですがジャスティア様は私に指一つ触れることなく。


「おまえの食い扶持くらいは、俺がどうにでもするが。何もすることがないと、気が滅入るだろう。メシの支度や家事をしてくれると助かるぜ」


 こうして私とジャスティア様の2人の生活が始まりました。


 私はジャスティア様から戦闘技術や魔法を教わって。ジャスティア様の身の回りの世話をします。

 絶望の底にいた私を救ってくれジャスティア様。私が忠誠心を抱くようになったのは当然のことです。


 そんな風にジャスティア様との生活が100年以上過ぎたある日。突然、ジャスティア様が連れて来たのがグレイオンです。


 最初に言ったように、グレイオンの第一印象は最悪でした。ですがグレイオンが、わずか18歳で。エリアザード家を追い出されたことを知って。私はグレイオンに母性本能を懐きました。


 竜人も人の姿は、わずか20数年で成長を終えます。ですが20歳など竜人にとっては子供に過ぎません。

 長命種である竜人は、それから長い年月を掛けて強くなっていく。竜人が竜騎士として一人前と言われるのは、早くても100歳を過ぎる頃からです。


 言訳をさせて貰えば、グレイオンは年の割に大人びていますし。人外と呼ばれる強大な魔物たちが跋扈する辺境地帯に、子供の竜人がいるなんて想像もしていませんでした。


 だからグレイオンの本当の年齢を聞いたときに。どれほどの苦境を経て、グレイオンが生き延びて来たのかと思い。私は思わず、抱き締めたくなりました。ですが――


 グレイオンは何もかもが規格外でした。


 ジャスティア様が本気を出していないとは言え、互角以上に戦って。ジャスティア様の攻撃を受けても服すら無傷。竜人の基準でも圧倒的な力でした。


 そしてジャスティア様の動きを一度見るだけで、直ぐに同じ動きができる学習能力。ジャスティア様と手合わせをする一瞬のうちに、グレイオンはさらに強くなっていきました。


 ジャスティア様はグレイオンを『末恐ろしいガキ』と言いましたが。そんな言葉でグレイオンの凄さを、とても言い現わすことはできません。


 そしてグレイオンが凄いのは強さだけではなくて――


 まずはグレイオンとクリフの関係です。クリフがグレイオンを呼び捨てにするのに、最初は驚きましたが。


 クリフがグレイオンと一緒にいる事情を知って。2人が本当に対等な関係を築いていることに気づいて。竜人と人間が対等な関係を築けるなんて……2人の信頼関係が羨ましく思いました。それに――


「シェリル。俺たちは居候をさせて貰っているんだから。掃除や洗濯くらいはやらせてくれよ。それにしてもシェリルが作る料理は本当に美味いな。俺も少しは料理ができるようになりたいから、教えてくれないか?」


 グレイオンは優しいと言いますか……一つ一つの言動に、女の扱いに慣れていることを感じます。グレイオンは本当に18歳なんですか?

 グレイオンと一緒に生活するようになって。私は無意識に、彼の姿を追うようになりました。


「へー……シェリルがメスの顔をするなんてな」


「ジャ、ジャスティア様。下品なことを言わないでください! グレイオンはまだ18歳の子供ですよ!」


「年は関係ねえだろう。竜の姿になれなくたって……いや、竜になれないこそかも知れねえが。グレイオンは俺を超える有望株だぜ。あいつは1週間で、出て行くかも知れねえんだから。シェリル、後悔だけはするなよ」


 竜の姿になれないことと、グレイオンの強さには関係がある。ジャスティア様は、そう考えているみたいですね。

 それはそれとして。私の気持ちは……


 生涯、ジャスティア様に仕えるつもりの私は、男の人をそういう・・・・目で見たことがありませんでした。

 だからこんな短時間でグレイオンに対する気持ちが、どういうモノか。理解することなんてできません。


 ですが、もしグレイオンが1週間経っても、この城塞に残るなら……時間を掛けて自分の気持ちを確かめることができます。


 グレイオンと離れたくない……少なくとも、この気持ちは本物ですから。

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