第8話:森の中の城塞


「ほら、着いたぜ」


 ジャスティアが案内したのは、森の中にある堅牢な石造りの城塞。


 エリアザード辺境伯領の城に比べると、小ぶりだけど。荘厳な造りは、とても辺境地帯にある建物には見えない。


 城塞の周りには、結界が張られていて。ジャスティアが手をかざすと、結界の一部が消える。俺たちが通り抜けると、結界が元に戻った。


「ジャスティア。あんたは本当に、エリアザード家の竜人だったのか? 普通に魔法を使っているけど」


 エリアザード家は竜人の中でも、特に魔法を軽視している。力こそが全てと、まさに脳筋集団だ。


「俺は使えるモノは何でも使うぜ。戦いは勝つことが全てだからな。昔はエリアザード家の竜人も、俺と同じ考え方の奴が多かったが。腑抜けた連中が言い訳するために、下らねえ拘りを持ち出したんだよ」


「ジャスティアも、エリアザード家との間に何があったみたいだな。まあ、俺は興味ないけど」


「おい、おまえは俺の直系の子孫みたいなモノなんだぜ。少しは興味を持てよ」


 道すがら、ジャスティアとエリアザード家の話をした。

 俺の父親のガリオンは、ジャスティアの弟の孫に当たるらしい。


「いや、昔話を聞いたって。退屈なだけだろう」


「グレイオン。おまえって奴は……」


 ちなみにクリフは移動中、完全に空気になっている。クリフはエリアザード家の使用人だったと言っても部外者だし。人間のクリフにとっては、場違い感が半端ないだろう。


 城塞の中は掃除が行き届いている。だけど侍女や使用人の姿はない。

 いくら結界を張っていても、こんな辺境地帯に人間や亜人がいる訳がないけど。


「ジャスティア様、お帰りなさい……その者たちは?」


 広間で俺たちを迎えたのは、銀色の髪と紫紺の瞳の女。

 クールビューティーて感じで。スレンダーな体系だけど、張りのある双丘が存在感を主張している。


 年齢は20代前半に見えるが。魔力が見える俺には解るけど、こいつも竜人だ。だから見た目だけで年齢は解らない。


 女は警戒心全開で、剣を抜いて構える。いきなり剣を抜くとか、どうかと思うけど。剣から噴き上がる膨大な魔力。こいつ、結構強いな。


「シェリル、そんなに警戒するな。こいつはグレイオン。俺と同じ元エリアザード家の竜人で、森の中で拾ったんだ。もう1人の奴は、こいつの使用人だ」


「拾ったって……犬じゃないんですから。ジャスティア様は物好きですね」


 シェリルが俺たちを睨む。なんか扱いが悪い気がするけど。


「ジャスティア、俺もそう思うよ。俺たちは無理矢理、ここに連れて来られたようなモノだからな」


「グレイオン、そう言うなって。シェリル。とりあえず、こいつらの分のメシも用意してくれ」


 食事を用意するまでに風呂に入れと。シェリルが憮然とした顔で、俺たちを浴場に案内する。

 浴場も掃除が行き届いていて、魔道具で常にお湯が沸いている感じだ。


 俺たちは辺境地帯に来てから、『浄化ピュリファイ』の魔法で身体と服を清潔に保っていたけど。風呂に入るのは気持ち良い。


「こんなところで、風呂に入れるとは思わなかったな」


 一週間ぶりの風呂を堪能する。これだけでも、ジャスティアに付いて来た価値はあるか。


「グレイオン。随分と落ち着いているけど、大丈夫なの? ジャスティアさんは悪い人じゃないみたいだけど」


「ジャスティアは俺に戦い方を教えたいだけみたいだからな。まあ、もしジャスティアと戦うことになったら、そのときはそのときで。俺が何とかするよ」


 ジャスティアは辺境地帯にいる人外の魔物よりも、ずっと強い。それは間違いないけど、俺だって簡単に負けるつもりはない。


 風呂を出ると、すでに食事が用意されていた。侍女も使用人もいないから、期待していなかったけど。湯気が立つ料理はどれも美味そうだ。


「グレイオン……凄い料理だね……」


「おまえたちも、早く椅子に座れ。俺は腹が減っているんだ」


 ジャスティアに急かされて、席につく。


「シェリルは竜人なのに料理を作るのか……うん、美味いな」


 カイスエント帝国における竜人は支配階級で。人間を保護する代わりに使役している。だから料理を含めて、竜人の生活の世話をするのは、人間の侍女や使用人の仕事だ。


「私は好きでやっているんです。ジャスティア様が言うから、貴方たちの分も作っただけで。だから勘違いしないでください!」


 まあ、いきなり俺たちを連れて来たんだから。塩対応は仕方ないだろう。


 俺の『収納庫ストレージ』には、エリアザード辺境伯領にある街で買った屋台の料理が、温かいまま保存されている。


 辺境地帯に来てから、それを食べていたけど。キチンとした料理は久しぶりだから、素直にありがたいと思う。


 メシを食べ始めても、クリフは完全に空気だ。クリフのことは使用人だって説明したからな。クリフも場違い感が半端ないだろう。


「なあ、グレイオン。メシを食ったら、早速手合わせを始めるか」


「ジャスティア。あんたは本当に戦闘狂だな。まあ、俺は別に構わないけど」


 俺は1週間、ジャスティアの鍛錬に付き合う約束をした。強引に約束させられた気がするけど、約束は約束だから。とりあえず、俺の方から破るつもりはない。


「グレイオン、貴方……さっきから黙っていれば。ジャスティア様に対するその口の利き方は、どういうつもりですか?」


 シェリルが俺を睨みつける。


「シェリル、堅いことを言うんじゃねえ。こいつは俺の直系の子孫みたいなモノだからな。世代的には少し離れているが。まあ、孫みたいなもんだぜ」


「ジャスティア様の孫って……ちょっと羨ましいです。ですが……グレイオン。貴方はジャスティア様を裏切ったエリアザード家の竜人でしょう?」


 やっぱり、ジャスティアはエリアザード家は何かあったみたいだな。俺は興味ないけど。


だけどな。俺は『竜化』できないから、エリアザード家を追い出されたんだよ」


「えっ、家を追い出されたって……グレイオン。貴方は今、何歳なんですか?」


「俺は18歳だけど?」


 なんで年齢なんか訊くのかって思ったけど。シェリルの態度が急変する。


「18歳の子供を追い出すなんて……やっぱり、エリアザード家の連中はクズ・・ですね。グレイオン、ジャスティア様がいるんですから、もう何の心配も要らないですよ。ここを自分の家だと思ってください」


 何なんだよ、この反応? クリフも唖然としている。

 シェリルも竜人だから見た目が20代前半ってことは、少なくとも100歳は余裕で超えているだろう。だから子供扱いされても仕方ないか。


「なあ、シェリル。俺を子ども扱いするのも、勘違いして同情するのも、あんたの勝手だけど。俺は何も困っていないし、ここに長居するつもりはないよ」


「シェリル。まあ、そういうことだ」


 ジャスティアが面白がるように笑う。


「俺はグレイオンの強さに興味があるから、ここに連れて来た。シェリルも俺とグレイオンの手合わせを見れば、納得するだろう」


 メシを食べ終わって。ジャスティアは直ぐに手合わせに行くつもりみたいだけど。


「ジャスティア、ちょっと待てよ。俺たちは居候のようなモノだからな。後片付けくらいは、やらせて貰うよ」


「グレイオン。僕も手伝うよ」


 俺とクリフは食器を洗い場に持って行って、洗い始める。


 俺はエリアザード家で冷遇されていたから、俺の身の回りの世話をする使用人はクリフ1人で。

 クリフも10歳で使用人になったから、初めから仕事が全部できた訳じゃない。


 だから俺は家事くらいは自分でできる。料理は面倒だから、ほとんど作ったことがないけど。


 シェリルが感心するように、生暖かい目で俺を見ている。だけど居候をするなら、これくらいやるのは当然だろう。

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