第64話 王女誘拐

■王都 闘技場【グローリア・アリーナ】 試合会場


 決勝戦が始まろうとしていた。

 お昼休憩を挟んで、始まる決勝戦では立ち見が出るほど人が集まっている。

 試合もそうだが、貴賓席に第二王女でもあるレティシアがいるため、彼女を一目見ようと集まっているのだ。

 貴賓席のレティシアと俺は目があい、手を軽く振り合う。

 微笑ましい光景の後には、敵と向かい合った。

「いやぁ、決勝戦に出られるなんておじさんの日頃の行いがいいのかなぁ~」

「運よくねぇ……」


 控室で会話しているときには気づかなかったが、このおっさんは掴みどころがなく不気味である。


『いよいよ、御前試合も決勝戦です。この大会の勝者にはレティシア王女から叙爵を受ける権利を貰えますので、気合いがはりますね』

『決勝戦はどちらも平民の出身者、叙爵へ並みならぬ思いがあることでしょう』


 解説と実況の声がよく聞こえてきた。

 俺は一応平民じゃないんだが、まぁ、今回はそれでいいか。

 一応、レイナやエリカ達にも試合会場周辺を警戒してもらっているが嫌な予感がぬぐえなかった。


「本当に叙爵だけが目的か?」

「う~ん、おじさんとしてはそれが目的だけどねぇ?」


 おじさんとということは、他の誰かには別の目的があるということを暗に示している。

 

「まぁいい、試合をしながら聞くだけだ!」

「おじさんもそういう難しくない方がいいよ」


『試合開始!』


 司会の声と共に、ドラの様な音がなって決勝戦が始まった。

 俺は盾を構えつつ、まずは初手の突撃をかます。

 

〈磁力魔法:加速〉マグネス:アクセラ


 弾丸のように加速した俺の突撃をグラヴァスは大盾でガードした。


〈衝撃反射〉ショックリフレクト


 大盾系のスキルを使ったグラヴァスの体が光る。

 そして突撃した俺に、衝撃が返ってきた。


「大盾スキルをとってるなんて、本当にタンクだな……」

「おじさん痛いのは嫌だから、防御系スキルに振ってるんだよ」

「そういうのは美少女がいってこそ価値があるんだぜ?」


 ポーションで癒えたはずの傷に響いた気がする。

 ガッツり固い相手には軽戦士系の俺では一見不利だ。

 そう、一見だがな……。


「早速、役立ちそうだ……ありがとよ、レイナ」

 

 ポケットに入れていた、小さな鉄球の集まりを掴んで俺はグラヴァスに投げつける。


〈磁力魔法:電磁散弾銃〉マグネス:ショットガン


 電磁加速させて飛んでいく鉄球が大盾に当たった。

 ドドドドと鉄球がめり込んでいき、大盾にひびが入る。


「むむむ~。今のはどういうことだい? この盾は魔法を無効化するはずなんだけどなぁ……」

「魔法を無効化……だって? フリードリヒが負けたのはそれか!」


 そんなレアな魔導具をただのおっさんが持っているわけがない。

 俺の嫌な予感があたった。


「リーダー、作戦変更で頼む」


 誰かに何かをおっさんが伝えると、グラヴァスの影からにゅっと人が姿を現す。

 その動きと現れた人物に見覚えがあった。


「お前は【ヴァルゴンの牙】のリーダー、セリク!」

「久しぶりだな、兄弟。お前さんのお陰でいろいろと計画が台無しだそうだ。悪いが御前試合はここまでだ!」


 セリクが叫び、地面に背負っていた呪いの大剣をさした。


〈解放:暗黒牢獄〉リリース:ダークプリズン


 試合会場どころか、闘技場全体を闇が包みこむ。

 以前よりも闇が濃く、セリクの姿さえ見えなくなった。


〈精霊魔法:光明〉エレメス:コンティアルライト


 その闇を、強い光が打ち消す。

 エリカが動いてくれたようである。


「ナイスだ! エリカ! セリク、今度こそ……って、いない!?」


 俺は武器を構えてセリクの気配を探すが、そこにセリクの姿はなかった。

 もちろん、グラヴァスの姿もない。


「きゃぁぁぁぁ! 姫様、姫様はどちらですか!?」


 貴賓席でレティシアの世話をしていた侍女の声がする。

 やられた……狙いは俺ではなくレティシアだったのだ。


「御前試合どころじゃなくなったな……クソッ!」


 騒然となる闘技場の真ん中、対戦相手のいない試合会場で俺は一人立ちすくむ。

 レティシアの無事を今は祈るばかりだ。

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