【SF短編小説】因果ドグマ

藍埜佑(あいのたすく)

第1話: 永遠の螺旋

〝私は再び、この日を迎えた〟


 レイラは目を覚ますと、そう呟いた。部屋の窓からは電光が見え、雨の音が静寂を捉えていた。朝を迎える前の深い闇の中で、彼女の心は虚ろな気持ちに包まれていた。


 このように、レイラは最近ずっと同じ日に目覚めていた。いや、同じ朝を無限に繰り返していたのだ。まるで輪廻の渦の中にいるかのように。


 時計は朝4時15分を指していた。レイラはベッドから這い起き、カーテンを開けた。外は小雨が降る憂鬱な街並みだった。路地裏の坂道に佇む古びた町家の壁には、どこからともなく光が淡く燭されている。


 レイラはお馴染みのその光景に、しみじみと感慨に耽っていた。なぜかはわからないが、あの光の存在がこの日々の永遠の輪廻から抜け出す鍵なのだと、彼女は直感していた。


 スマートフォンを手に取り、レイラはあるアプリを起動させた。鍵やメモ、地図、デバイス管理など、さまざまなアプリが組み込まれた、不思議な仮想現実アプリだった。


 レイラは鍵を選択し、ポータルが開いた。すると玄関のドアノブが強く光り始めた。レイラは慣れた手付きでアプリを操作し、ドアの鍵を開け放った。


 部屋の外に踏み出すと、家の軒先に佇む男の姿が見えた。レインコートに身を包み、立ち去ろうとしているその男は、レイラに気づくと振り返った。


「待ってくれ、フェイロン」


 レイラは呼びかけた。


「……レイラ、おまえはまた目覚めたのか」


 フェイロンはそう答えた。


こ の出会いも、また繰り返しているのだと、二人には理解が共有されていた。


「輪廻のカラクリは解明できそうにないか?」


 レイラは尋ねた。


「分からん、だが……」


 フェイロンはポケットから何かを取り出した。それは古びた本のように見えた。


「この〝因果ドグマ〟こそが、答えかもしれん」


「因果ドグマ?」


 レイラは訝しげにその本を手に取った。


 本の表紙は古びており、少し開けば中身も錆びた文字でぼろぼろと散り散りになっていた。しかしその奥付に目を凝らすと、不可解な光が立ち上っているのが見えた。


「これは……」


「奇妙な文献だ。これを解読することがわれわれの脱出への第一歩となるだろう」


 そう言うと、フェイロンはレイラの前から立ち去っていった。


 レイラは因果ドグマに目を移した。どうやらこの文献の輝きを読み解くと、この永遠の朝から脱出できるらしい。世界の成り立ちを解く鍵が、この因果ドグマに隠されているのだろうか?


 レイラはためらいもなく、因果ドグマを開き解読を始めた。するとその奥底から、彼女の存在の根源に迫るような、深遠な真理が次々に姿を現してきた。


『時間は直線的に流れるものではない』


『過去も未来も、すべては同じ点に収束する永遠の輪環にある』


『この宇宙に存在するすべてのものは、因果の法則に従っている』


『だが因果の淵源には、思考や精神の力が存在する』


『つまり万物の根源は、「思考」にある』


 その言葉を読むにつれ、レイラの意識が次第に広がっていくのを感じた。時間や空間といった物理次元を超越し、宇宙の本質に手が届きそうだった。


「なるほど、だとしたら……」


 ふと、レイラはある疑念に心を動かされた。もし因果の根源が「思考」にあるのなら、すべては自分の内側にあるはずだ。私の思考が、この世界を造りだしているのか?


 レイラは因果ドグマを手にしたまま、目を閉じ内なる思考を掘り下げていった。


 するとそこには、奇妙な共時性のゆらぎが広がっていた。過去、現在、未来が重なり合い、さらにさまざまな可能性が彩られているのだ。


 そしてレイラはたちまち気づいた。この世界は永遠の朝に閉ざされている理由、それは「解脱」への扉を開く必要があったからだと。


 深く内なる思考の世界に分け入り、自身の本質を解き明かすことで、この永遠の輪廻から解き放たれるのだ。それが、この世界の目的なのだということが理解できた。


「では、この先へ進もう」


 レイラはそう心に呟いた。重ねられた意識を次々とくぐり抜け、内なる核心へとたどり着こうとする。遥かなるスピリチュアルな領域へとたどり着き、人間の精神と肉体が両立する境地に足を踏み入れるのだ。


 正に、無限の可能性が広がるレイラの意識の先には、全ての答えが示されていた。


 そう、この永遠の朝こそ、すべての人類にとっての目的地なのだ。

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